優れた作品の持ち分を購入できる新たなプラットフォーム アートへの投資は賢明か?

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著:Kathryn Graddyブランダイス大学、Dean, Brandeis International Business School and Fred and Rita Richman Distinguished Professor in Economics)

 2018年秋、バンクシーが制作したアート作品『愛はごみ箱の中に』(Love Is in the Bin)が140万ドル(約1.6億円)で落札された。

 現在、元の購入者はこの作品を売りに出し、500万ドル超の値がつくと予想されている――そうなれば、投資収益率は250%以上となる。

 アート市場が金持ちの専売特許ではなくなり、一般の人も高価な作品の持ち分を取得し、好きなときに売れるとしたらどう思うだろうか?

 それこそが、新たに誕生したプラットフォーム『マスターワークス』が目指す姿だ。

 アート投資ファンドには、100年以上の歴史がある。ところがマスターワークスはこの伝統的な投資形態に新たな風を吹き込み、個人が20ドル単位で特定のアート作品の持ち分を購入できるようにした。投資家は取得した持ち分を使い勝手のよい流通市場で売却するか、マスターワークスによる売り出しまで保有して、売却益を比例配分で受け取ることができる。

 私はこの10年来、美術史家のナンシー・スコット氏とともに経済学と芸術論の講座を担当しており、理論、実践両面でアート投資の歴史と収益性について議論を重ねてきた。

 純粋に投資目的でアート作品の購入を考えている人なら、アート投資ファンドがこれまで果たしてきた機能、投資に対する専門家の評価を知っておくことは重要である。

◆フランス人は資産に共同で出資する
 初期のアート投資ファンドとして、20世紀初頭にフランスを起源とする「熊の肌(The Skin of the Bear)」(フランス語でLa Peau de l’Ours)があった。

 そのファンド名は、「孵化する前に鶏を数えてはいけない」(日本的には「捕らぬ狸の皮算用」)ということわざを含むフランスの寓話を由来としており、アートへの投資にリスクがつきものであることを示唆している。

 このファンドにはピカソマティスゴーギャンなど後期印象派の新進画家を支援する目的もあり、少人数のパートナーが同じ金額を出資して絵画コレクションを購入するシンジケート方式で運営されていた。

 実業家、美術評論家、収集家であったアンドレ・ルヴェル氏が基金の運営と絵画の販売を担い、絵が売れると販売価格の20%を手にしていた。画家は最初に販売収入を得られたほか、ファンドが生み出した利益の20%を受け取っていた。残余利益は出資額に応じて投資家に配分された。

 売却益の一部をアーティストに還元するという考え方は「アーティストの再販権」(フランス語でdroit de suite)と呼ばれている。 アメリカ以外の多くの欧米諸国では、この概念が法制化されている。

 世界初となるこのアートファンドは成功を収めた。新しい芸術作品への需要を生み出し、革新性のある印象派画家や近代の芸術家を支援しただけでなく、投資家にかなりの利益をもたらした

◆すべてのファンドは一様ではない
 ほかに有名なアート投資ファンドに、イギリス鉄道年金基金がある。これは1974年に従業員の退職金のごく一部を運用するために設立されたファンドで、25年間かけてアート作品を購入し、その後売却することを目的としていた。年率11.3%の複利運用を行っていたが、当時はインフレ率も高かったため、実際の利益率はそれほど高くなかった。

 そのほかの有名なアート投資ファンドはうまくいかなかった。パリ国立銀行によるアートファンドは1999年に損失を出して解散したほか、イギリスの美術商テイラー・ジャーディン社のファンドも2003年に同じ憂き目にあった。イギリス商務庁(当時)は2001年、不正な状況下で設立されたという理由でバリントン・フレミング・アート・ファンドを閉鎖した。 さらに、メリルリンチで役員を務めていたブルース・タウブ氏が設立したファーンウッド・アート・インベストメンツにいたっては、2006年に同氏による投資家資金の横領で彼自身が有罪となったために、ファンドの設立すらままならなかった。

 とはいえ、アンシアファインアートグループなどは現在も運営されているほか、銀行や競売会社では以前からアート投資を富裕層に相応しい分散投資戦略と位置付けている。

 ところで、経済学者は投資対象としてのアートについてどのように考えているのだろうか?

◆アートへの投資は「不安定なサイコロゲーム」みたいなものか?
 経済理論が教えるところによると、定義上、アート投資は株式投資よりもリターンが低くなる。アートは情熱投資として考えられているからだ。スポーツの記念品や宝石、コインへの投資と同じように、アートへの投資から得られるリターンには、対象物が持つ本質的な楽しさが含まれている。トータルのリターンは、経済的なリターンと所有することの楽しさの和で構成される。

 多くの人からすると株券を持っていてもこうした楽しみが得られないため、理論上は、金融商品への投資から得られる経済的リターンは、アートへの投資の経済的リターンを上回るはずである。

 だが、実際の数字を分析してみることも大事だ。

 アート投資の経済的リターンに関する最初の論文は、著名な経済学者である故ウィリアム・ボーモル氏が1986年に発表した、「Unnatural Investment: Or Art as a Floating Crap Game」だ。

 同氏の推計によると、アート投資の300年以上の長期にわたるインフレ調整済み収益率は0.6%にすぎなかった。その後、0.6%よりは高かったとする研究も発表された。たとえば、イェール大学でファイナンス理論を研究しているウィリアム・ゲッツマン教授とエコノミストのジャンピン・メイ氏およびマイク・モーゼス氏は、250年と125年以上にわたるインフレ調整済み収益率がそれぞれ2%、4.9%と推計した。対象期間、サンプル、手法によって推計結果は変動する。

 上記の研究成果には取引手数料が含まれていない。アートに関していえば、取引を仲介する競売会社や個人ディーラーが相当の手数料を要求するため、取引手数料が高額となる可能性がある。価値が低下した絵画などはオークションで売れないこともあるが、対象となるサンプルも考慮されていない。

 だが、彼らの推計結果によると、株式市場のパフォーマンスとアート投資のリターンには相関関係がなさそうだった。そのため、ポートフォリオのリスク分散手法としてのアート投資には何らかのメリットがあるかもしれない。

◆すべての人のためのアート?
 ところがマスターワークスは、上述した従来型のアートファンドとは少し趣が異なる。投資家は複数の作品から組成されるファンドに投資するのではなく、1つの作品の持ち分を購入するからだ。投資金額が少額で済むほか、作品の持ち分購入に前向きな買い手がいる限り、その期間はファンドに拘束されることもない。作品が売却される前に、価値が上がった時点で持ち分を手放すだけでリターンを得られる。

 ただし、従来のアートファンドと同様に、マスターワークスが売り出したアート作品の持ち分を保有する投資家は、作品の価格が上昇すれば儲かり、下落すれば損をする。

 結局のところ、マスターワークスには革新性があり、しかも楽しい要素もあるようだ。こうした手法は、ロビンフッドのようなアプリで少額投資を手がける人が多いとみられる若い世代の投資家にとって魅力的なものとなるだろう。

 マスターワークスのサイトは操作も簡単で、楽しい工夫もされている。この私でさえ、少し手を出してみたくなったほどだ。

 しかし、アートへの投資で金持ちになりたいと思うだろうか?恐らくそれはないだろう。

 さらに「熊の肌」とは違い、必ずしも新進アーティストにメリットがあるわけではない。マスターワークスが注力しているのは、バンクシーアンディ・ウォーホルクロード・モネといったアーティストが手がけた実績と定評のある作品である。

 とはいえ、マスターワークスは多くの人にアート投資を呼び込む可能性を秘めている。けれど、買い物にはご用心。アートへの投資はリスクが高いのだ。
This article was originally published on The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.
Translated by mars16 via Conyac

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