アカデミー賞に推す動きも? 『この世界の片隅に』全米公開、現地メディアが高評価

flickr / Toshiyuki IMAI

 長編アニメーション作品『この世界の片隅に』が今月11日からアメリカで公開され、大きな評判を呼んでいる。戦時中の広島に生きるヒロイン「すず」の姿を描いた本作は、米辛口レビューサイト『ロッテン・トマト』でもレビュワーの98%が認めるなどの高評価だ。戦争映画としてはユニークなタッチだとして話題になっており、片渕須直監督へは「ポスト宮崎駿」との賛辞が送られている。

◆「戦時中の日常」という優れた着眼点
 海外メディアが揃って評価するのは、作品の独特な視点だ。激しい戦闘や政治的駆け引きが主体の典型的な戦争映画とは一線を画し、本作では戦時中のごく普通の人々の日常にスポットライトを当てる。ニューヨーク・タイムズ紙(8月10日)では「すずは着物をもんぺに仕立て直し、家庭へのわずかな配給食料をやりくりする」などシーンの具体例を引いており、ディテールの描写に感心した様子だ。

 戦時中の日常の機微を描いたこのような場面は、単に観ていて興味深いだけではない。ロサンゼルス・タイムズ紙(8月10日)は「片渕は細心の注意を払い、日常生活の美と詩情に控えめな賛辞を送った。それはやがて気づかないうちに、第2次世界大戦中に一般的な日本の人々が体験した、惨事からの回復力と自己犠牲への敬意へとシフトしてゆく」と論じている。ごく一般的な人々の忍耐を、まったく押し付けがましくなく表現する技巧が高く評価されている。

◆徹底したリアリティーが作品の屋台骨を支える
 日々の生活を重視したこの作品が成功したのは、徹底したリサーチがあってのことだ。米ナショナル・パブリック・ラジオでは、原爆投下前の広島の姿を正確に描くため、監督が何年もの調査を行なったことを紹介している。生存者へのインタビューや膨大な写真の調査によって、息を呑むような背景美術が誕生したとのことだ。

 また、爆撃シーンでは、臨場感を出すために特殊な技法が使われている。ハリウッド・リポーター誌の伝えるところでは、フィルムにあえて傷をつけることでシーンの激しさを表現したという。シネ・カリグラフィと呼ばれるこの技法は、原作コミックでも先取的な表現手法が多用されていることを念頭に導入された。原作付き映画といえば必ずしも評判の芳しいものばかりではないが、本作が成功した理由の一つには、こうした原作への敬意があるのだろう。

◆クラウドファンディングの企画に始まり、ポスト宮崎駿との名声へ
 監督の片渕氏は米サイト『カートゥーン・ブリュー』のインタビューに応じ、同作品がクラウドファンディングから始まったことを明かしている。最終的には総制作費の14%がこの手法で賄われた。半ば自主制作にも近い形でスタートした企画だが、ボストン・グローブ紙が「ポスト宮崎駿」と表現するなど、次世代を担う監督として海外からもすでに有力視されている。ロサンゼルス・タイムズ紙によれば、氏は過去に『魔女の宅急便』で演出補を務めるなど、宮崎監督との交流もあった模様だ。

 米メディアの注目が集まる理由の一つは、現代との時代背景の類似もあるだろう。ナショナル・パブリック・ラジオでは、核の脅威が高まる中でメッセージ性の強い作品だと受け止めている。戦争という重いテーマをアニメーションで描き切った片渕監督への評価は高い。続々と賛辞が送られる中、ハリウッド・リポーター誌では、アカデミー賞へ向けてプッシュする動きがあるのではないかと見ているようだ。日本のアニメーション作品としては2002年の『千と千尋の神隠し』以来受賞がなく、今後の動きに期待がかかるところだ。

Text by 青葉やまと