「表現の自由」にノーベル平和賞 権力にも臆さない、事実ベース報道の重要性

マリア・レッサ|Aaron Favila / AP Photo

◆真実と表現の自由の危機
 レッサとムラトフに対するノーベル平和賞の授与は、表現の自由や情報の自由といった基本的な人権を守ることの重要性を強調するものであるとノーベル委員会は説明している。レッサは彼女のノーベル平和賞は「世界中のすべてのジャーナリストのためのものである」とコメントしている。ムラトフは前述の通り、亡くなった元同僚のジャーナリストの存在に改めて言及。ロシアでは、プーチン政権批判と汚職摘発に挑んでいた政治家・活動家であるアレクセイ・ナワリヌイが今回の賞に価するというもある。ムラトフ自身も同調している。政治的な議論からはできる限り距離を置くというノーベル委員会の姿勢が見え隠れする。フランスに拠点を置くNGO、国境なき記者団(Reporters Sans Frontières:RSF)が公表している2021年度の報道の自由度ランキングでは、180ヶ国中ロシアは150位、フィリピンは138位だ。ノーベル平和賞の授賞式が開催されるノルウェーが、このランキングのトップの座にある。

 レッサは、友人関係にあるテック・ジャーナリスト、カラ・スウィッシャーとのインタビューで、報道をめぐる状況は悪化していると述べた。フェイスブックのようなテック・プラットフォームは、そういった状況の悪化に加担していると彼女は考える。真実の報道が権力の脅威にさらされるという状況自体は新しいものではないが、プラットフォームによってさまざまな情報が広く拡散される状況で、「フェイクニュース」というデマ、もしくはプロパガンダが横行してしまうと、真実を伝えるということが極めて難しい状況になる。フィリピンにおけるフェイスブックの月間アクティブユーザー数は約7000万人(フィリピンの人口は約1億人)。レッサは、フェイスブックは世界一のニュース配信プラットフォームであるが、真実に逆らう傾向があると彼女は考える。レッサは、ザッカーバーグを含むフェイスブック幹部に対して直接警鐘を鳴らし続けているが、具体的な対応は得られていないという。メディア事業であるラップラーのビジネスにおいて、フェイスブックが重要な役割を持つため、事業運営上、つながりを切ることはできないという複雑さも存在する。

 いま改めて最重要視される表現の自由と、事実に基づいた報道。平和賞がジャーナリストに与えられるのは今回が3回目。1935年に反ナチスのドイツ人ジャーナリスト、カール・フォン・オシエツキー(Carl von Ossietzky)に授与されたのが前回だ。彼はナチスにより投獄され、獄中で死亡した。今回の受賞は、レッサやムラトフの活動を容易にするような環境構築に、迅速かつ直接的に影響するものではないかもしれないが、「表現の自由の危機」という私たちが認識すべき重要な歴史的瞬間であることは間違いない。

【関連記事】
パンデミックを隠れ蓑に言論弾圧 世界でジャーナリスト逮捕、規制強化
ベラルーシの「国を挙げてのテロ行為」はなぜ起きたのか 反体制派の記者逮捕の背景
「反体制」ではない…殺害されたサウジ記者、愛国者の素顔

Text by MAKI NAKATA