打倒プーチン、ロシアを揺るがすアレクセイ・ナワリヌイとは?

Moscow City Court via AP

 ロシア・プーチン政権の汚職問題を告発し続け、昨年、毒殺未遂の被害を受けたアレクセイ・ナワリヌイ(Alexei Navalny)が、今年1月療養先のドイツからロシアに帰国。自身は帰国直後に逮捕、拘束されたが、支援者らが組織したデモがロシア各地で起こった。ナワリヌイの影響力によって、ロシアが今後どのように変化していくかが注目される。

◆毒殺未遂から、奇跡の生還
 昨年8月20日、ナワリヌイはロシア政府が直接関与したとされる毒殺未遂事件の被害にあい、昏睡状態に陥った。シベリアのトムスクからモスクワに戻る飛行機のなかで体調に異変が起こり、機体はカザフスタン付近のオムスクに緊急着陸。ナワリヌイは緊急病棟に運ばれた。しかし、ロシア内の病院では政府が関与した隠蔽などが行われ、適切な治療が行われない可能性があるとして、家族や彼の支持者が反対。抗争の末、ベルリンに拠点を持つ人道団体「Cinema for Peace Foundation」の手配による医療機体にてナワリヌイはベルリンの病院に搬送された。治療の後、彼は奇跡的に回復し9月23日に退院した。

 10月、オランダ・ハーグに拠点がある化学兵器禁止団体(Organization for the Prohibition of Chemical Weapons:OPCW)は、ナワリヌイの体内からは旧ソ連とロシアが冷戦中に開発した神経剤の一種、ノビチョクに似たタイプの神経剤が使われたと報告している。そして12月、同じくオランダに拠点を持つ調査報道機関Bellingcatが、ナワリヌイの毒殺未遂にロシア連邦保安庁(Federal Security Service of the Russian Federation:FSB)が関与していたとみられるとの調査報告書を発表した。さらにBellingcatとの連携で、ナワリヌイ自身がFSBの高官になりすまし、彼の毒殺未遂に関わった工作員の一人コンスタンティン・クドゥラヤフトゥゼフ(Konstantin Kudryavtsev)に接触。本件の調査報告書の作成のためとして事件に関する詳細を問いただした49分間の会話を記録し、英訳付きでYouTube上に公開した。

 クドゥラヤフトゥゼフは、自分はコロナにかかって自宅待機中のため情報にアクセスできないことや、安全な電話回線ではないことを懸念、警戒しつつも、ナワリヌイの声に気がつくことなく会話を続けた。彼はこれまでにもなんどかナワリヌイの尾行に関与し、同じフライトに搭乗していたことが明らかになっている。記録された会話では、毒がナワリヌイの下着に仕込まれたことや、ナワリヌイを乗せた機体が緊急着陸し、空港の救急隊がすばやい応急処置をした結果、ナワリヌイが命を取り留めた(つまり、計画が失敗した)ものと考えられるというクドゥラヤフトゥゼフの見解が明らかになった。

 ドイツでの療養を経てほぼ回復したナワリヌイは、屈服することなく1月17日にロシアに帰国した。予期されていた通り、彼は空港でそのまま逮捕され、身柄を拘束された。罪状は、6年前に下された刑務の仮釈放期間中、刑務所当局に連絡することなくドイツに滞在したことである(昏睡状態で搬送されたにもかかわらず)。

 こうした状況下、ナワリヌイとその支援者はプーチン政権の汚職問題を指摘し続けた。1月19日、「プーチンの宮殿(Putin’s palace)」と題された2時間のビデオが公開。2月3日時点で約1億回以上再生されている。プーチンはモナコの39倍以上の広い敷地内に、賄賂を資金にした豪邸を建設したとされている(米Vox)。また、ナワリヌイは投獄前に、路上に出て抗議行動を起こすことを支援者に呼びかけた。

 結果、1月23日の土曜日にロシアで過去にない規模の反政権プロテストが起こった。モスクワなどの主要都市だけでなくロシア各地109の都市で人々が集まった。真冬のロシアで都市によっては、摂氏マイナス16度の雪の中という天候にもかかわらず、多くの市民がプロテストに参加。許可のない違法プロテストを行ったとし、4000人近くが逮捕された。

 そして2月2日、モスクワの地方裁判所は、ナワリヌイが過去に受けた有罪判決の執行猶予を取り消し、禁錮3年6ヶ月の実刑に切り替えることを決定した。毒殺未遂前の自宅軟禁期間を除く、残りの2年8ヶ月を刑務所の中で過ごすことになる。

Text by MAKI NAKATA

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