パンデミックを隠れ蓑に言論弾圧 世界でジャーナリスト逮捕、規制強化

AP Photo / Aaron Favila

 世界各国の政府は、新型コロナウイルスのパンデミックを、報道の自由の抑圧を正当化したり、その事実から国民の視線をそらしたりするための機会として利用している。

 香港では8月はじめ、新たに施行された国家安全維持法により、香港メディア界の大物ジミー・ライ氏が警察に逮捕された。6月にはフィリピンで、ジャーナリストのマリア・レッサ氏に対し「ネット上での名誉毀損」を理由に有罪判決が言い渡された。またエジプトでは今年、新型コロナウイルスに関する「誤った情報の拡散」を罰する法律を根拠に、少なくとも12名のジャーナリストが逮捕されている。

 各国のなかには、新型コロナウイルスのパンデミック下で、ウイルスの流行状況やその深刻度に関する政府の公式発表と異なる情報を発信する行為を、政府として規制する動きを見せた国々もある。それ以外の諸国の政府も、今回のパンデミックを、メディアの締めつけが行われている事実から国民の注意をそらすための手段として利用してきた。

 たとえばエジプト政府は、6月24日に逮捕されたと国際新聞編集者協会(IPI)が報じたアル・マナッサ通信の編集長ノラ・ユーニス氏をはじめ、これまでに複数の若いジャーナリストらを投獄している。またAP通信によると、ロシアでは、ソーシャルメディアやメッセンジャーのアプリを使って「真実でない情報」を広めたとして政府が一般のロシア市民を告発したケースが少なくとも9件あり、そのうちの少なくとも3件では、被告に高額の罰金刑が言い渡された。

 国際新聞編集者協会は今回のパンデミック発生の直後から、報道の自由が侵害される事例を追跡してきた。ここでいう報道の自由の抑圧には、情報発信者の告発や逮捕、情報アクセスの制限、情報の検閲、フェイクニュースに対する過剰な規制、さらには身体への暴力行為が含まれる。

 正確な数字データがないため、そういった政府当局の取り締まりが実際に厳しさを増しているのかどうかを語るのは難しい。国際新聞編集者協会の集計によると、ハンガリー、ロシア、フィリピン、ベトナムなど、これまで少なくとも17ヶ国で、新型コロナウイルスに関する誤った情報の取り締まりを名目とした新法が制定された。しかし同協会によると、これらの新法は、政府批判を行ったジャーナリストに罰金刑を課したり投獄したりするための口実として利用されているのが実情だという。

 たとえばハンガリーでは、オルバン・ヴィクトル首相がコロナウイルス法を可決させたが、この新法は、誤った情報を発信した者に対して最高5年の禁固刑を課すというものだ。そしてロシアでは、新型コロナウイルスに関するフェイクニュースを広めたと当局がみなした者に対し、2万5000ドルを上限とする罰金、または最長5年の禁固刑を課すことができる。国際新聞編集者協会によると、このロシアの新法では、メディアの支局に対しても12万7000ドルを上限とする罰金を課すことが可能だという。

 ジャーナリスト保護委員会(CPJ)は今年7月29日までに、新型コロナウイルスに関連して報道の自由が侵害された163件の事例を確認。同委員会によると、この数字は実際の事例をすべて網羅したものではない。また国際新聞編集者協会も、新型コロナウイルス関連で逮捕、検閲、過度のフェイクニュース規制、身体的または言葉による暴力行為を受けるなど、言論の自由が侵害された事例を421件確認した。

「政府当局によるメディアへの締めつけが、パンデミック下でさらに厳しさを増しています」と、ジャーナリスト保護委員会で権利擁護活動を担当するコートニー・ラドシュ氏は語る。

 新型コロナウイルス関連のニュースの洪水に隠れて、パンデミックに関するフェイクニュースとは無関係な事件までもが、広く報道されずに消されかねない。たとえば香港のメディア王、ジミー・ライ氏が逮捕された事件だ。この事件は、香港での反政府活動を押しつぶすため、中国政府にそれまで以上の大きな権限を与える国家安全維持法が新たに制定された直後に起きた。ライ氏が経営する大衆紙アップル・デイリーは「民主派」の立場を明確に掲げ、共産党が一党支配する中国政府に対する批判記事を多く掲載している。

 前述のフィリピンのレッサ氏やそのほかのジャーナリストが名誉毀損を理由に有罪判決受けた事例でも、それ自体は新型コロナウイルスとは無関係なものだ。ところがラドシュ氏によると、国際的な注目を集めるであろうこのような事件も、パンデミック関連ニュースの裏に隠れて、あまり人々の目を引かない可能性があるという。

「一つのニュースが人々の関心を大きく引きつけているときには、それ以外の事件の報道に注意はあまり向かなくなります。この現状を打ち破り、報道の締めつけに対する人々の問題意識を高めることは容易ではありません」とラドシュ氏は話す。

 ドナルド・トランプ政権下のアメリカが、この問題に対して強いアクションを取らないことも、状況悪化に一役買っていると専門家らは指摘する。

「トランプ政権以前のアメリカは疑いもなく、報道の自由と全世界のメディアの独立を擁護する国でした」と、カリフォルニア大学アーバイン校の法学教授で、過去には表現の自由に関する国連の特別報告者を務めたデービッド・ケイ教授は述べる。トランプ大統領は、主要メディアのことを繰り返し「フェイクニュース」と呼んで敵視している。

 香港メディア王のライ氏の逮捕を受け、トランプ政権は、香港のキャリー・ラム行政長官を含めた中国当局者に対する制裁措置を発動した。だが、報道の自由を支持してきた過去のアメリカと比べると、その非難のトーンはまったく迫力に欠けた。

「報道の自由に対する締めつけや、拘留中のジャーナリストが死亡した事件に対しても、世界がアメリカに期待している強いトーンでの非難の言葉を、現在のアメリカは発していません」とラドシュ氏は言う。

 フィリピンで逮捕されたジャーナリストのレッサ氏に関しては、同氏がフィリピン国籍と合わせてアメリカ国籍も所持していることから、アメリカ政府としてレッサ氏を支援するためにもっと多くのことができたはずだ、とラドシュ氏は指摘する。

「我々の期待に反し、フィリピン当局が告発を取り下げるようアメリカ政府が最高レベルの強い要求をすることはありませんでした」

 一方、アメリカ現政権がいまでも強く介入を続けている事例もある。たとえば、シリアで拘束されたオースティン・タイス氏のケースだ。テキサス州ヒューストン出身の退役軍人で、フリージャーナリストでもある同氏の解放に向け、アメリカ政府の交渉担当者は現在にいたるまで活発な交渉を続けてきた。しかしこれは、きわめて例外的な事例だ。

 ケイ教授によると、メディアに対する圧力の増大は、世界各地で強権的な政府が台頭している昨今の情勢がもたらした、直接的な結果だという。

「過去数年間で、強権的な主張を掲げる候補とポピュリスト候補が数多くの選挙で勝利してきました。しかしそれ以前からも、報道の自由に対する圧力はありました。そこは何も変わっていません。つまり、パンデミック以前からあった同じ問題が、現在はパンデミックと並行して起こっているということです」

 ケイ教授は、今回のパンデミックによって「メディアの締めつけに使える新たなベクトルが加わった」との見解を示す。

「今回の新型コロナウイルスの状況下で、以前から存在する抑圧のスタイルに、新たな抑圧のスタイルが追加されたのです」

By MAE ANDERSON AP Business Writer
Translated by Conyac

Text by AP