食ブームのメインストリーム化

Smorgasburg

 今、インディペンデントに始まった食の作り手たちが注目を浴び、こうして商業施設の中で活躍しているのを見るのは喜ばしいことだ。草の根から生まれた文化がメインストリームの文化によって認知され、稼ぐチャンスを与えられているのだから。一方で、こうした「成功」が絶対的に良いことかというと、そう簡単ではない。

 開始から7年を経た〈スモーガスバーグ〉は大成功のおかげで、狭き門を通過した作り手だけがブースを持てる人気のマーケットになった。けれどその姿は、生まれたばかりのそれとは確実に違うものだ。作り手その人がブースに立って接客していたような、当初の地元密着性や親密さ、少量生産へのこだわりといったものは希薄になってしまった。始まった頃のパイオニアたちの姿はもうほとんど見えない。うまく実店舗にシフトした作り手もいれば、うまく規模を拡大できずに辞めてしまった作り手もいる。

 同様に、ディベロッパー主導で始まった「フードホール」は、座ってサービスを受けるタイプのレストランに比べて割安だし、提供にかかる時間も短い便利な存在ではあるけれど、結局のところ、どうしても無機質に感じられて、自分にとっては「好きな場所」にはならなかった。好きなレストランの支店であったとしても、簡素化されたメニューや流れ作業的なプレゼンに愛着を持ちづらいのだ。

 作り手たちにとっても、設備投資や集客、食材の受け取りなど、スモールビジネスにとっては負担の大きいことを、「フードホール」運営側でまとめて請け負ってくれるなどの利点がある一方で、客とのコネクションを持ちづらい、競争が激しい、キャッチーなものでないと売れない、といった難しさもあって、結局は辞めて自分の店だけに集中することに決めた、というレストランも少なくない。

 食のアルティザンの世界で起きたことは、象徴的だ。小さな規模で始まった商売が注目され、人気が出て、この流れに目をつけて新しい商売を考案したディベロッパーたちに求められて「成功」したとしても、もともとの理念やスタイルから離れてしまったり、客が愛着を持ちづらい存在になったりしてしまう。

 こうした流れは、アメリカ流資本主義においてはごく当然と言える。いろいろ複雑な思いもあるが、結局のところ昨今の食のマーケットの広がりは、少なくとも、消費者にとっては食の選択肢を増やし、作り手にとっては商売のスタイルの選択肢を増やしたことは間違いないだろう。

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Text by 佐久間 裕美子