工場のこと 1

 すでに述べたようにアメリカには以前、大手アパレル企業がいわゆる「スウェットショップ」と呼ばれる、劣悪な労働環境にある工場で生産を行なうことへの反動が起きた時代があった。そのあと、ファストファッションの安価な衣類をどんどん大量に生産するやり方に対して反動が起きた。『ヒップな生活革命』で書いたように、アメリカの、特にファッションの世界では、大量生産の時代を経て、「より近くで作られたものを大切にする」というムーブメントが起きた。

 そこには、かつてあった愛国主義的な「メイド・イン・アメリカ」の喧伝とは微妙に違う問題意識がある。作り手の中には、自分により近い場所で物が作られる様子を緻密にチェックしながら生産したい、という人もいたし、どうせお金を払って生産をさせるのなら、自分が生きるコミュニティに属する人たちにお金を循環させたい、という人もいた。けれど、ある程度の生産量を必要とする規模のアパレルブランドに取材すると、「すべての物を国内で作るのは不可能」という声を耳にする。国内ですべてを作ろうとすると、賃金の高さから商品の価格が上がってしまうという問題もある。

 そうした状況下で、ものづくりの現場では、現地通貨がまだ相対的に安い場所で、似た価値観を持った工場と長期的な関係を結ぶ、という手法も登場している。前回取り上げた〈エヴァーレーン〉がそれぞれのアイテムを売る際に、工場に関する情報を明記していることは述べたとおりだ。〈エヴァーレーン〉は生産の場所を、ベストのクオリティが望めること、工場の運営方法や労働環境がエシカルであることに軸足を置いて、国内外で選んでいるという。

 そんな〈エヴァーレーン〉は昨年、デニムのコレクションをローンチした。その際、ファウンダーのマイケル・ブレイズマンは、デニム産業を「ダーティ・ビジネス」と呼んだ。インディゴの糸を織って作られるデニムは、多くの場合、ウォッシュをかけて望みの色にしていく過程で、1枚あたり少なくとも1000リットル以上もの水を使うと言われる。環境汚染の激しいアパレル産業の中でも、特にその罪が大きいと言われるゆえんだ。

 さらにデニムという素材は、生産場所によって値段やクオリティにかなりの幅がある。日本やイタリア産のいわゆる「プレミアム」と呼ばれるデニムはクオリティが良いと言われるが、その分、200ドル、300ドルを超えるものも多い 。対して〈エヴァーレーン〉のデニムは今、1本68ドルで売られている。

 〈エヴァーレーン〉がこの低価格を実現できるのは、生産地がベトナムだからだ。ベトナムには、サイテックス・インターナショナルという会社が運営する工場がある。2003年に設立されたサイテックスは現在3900人を雇用する大規模な工場だが、整備された労働環境や環境に負担をかけない生産方法に定評がある。工場は、施設や建造物の環境性能評価システムのLEED認証を受けているし、デニム生産に大量に使われる水をリサイクルしたり、デニムを作る過程で出る有害物質を廃棄するのではなく、別の物質に転用できる工場に引き渡したりといった環境政策を敷いている。

 こういうエシカルなやり方を売りにする新たな工場の登場は、「安い=悪」というシンプルな構図がもはやすべてではないことを教えてくれる。裏を返すと、「高い=善」でもないということになる。

【Prev】第10回・物の値段を考える 2
【Next】第12回・工場のこと 2

Text by 佐久間 裕美子