物の値段を考える 2

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 正当な価格とは何だろうか? もう長いこと、私の頭の中をぐるぐると周っている問いのひとつである。価格というものは、その商品を作るのにかかった物理的なコストに、それが消費者の手元に届くまでの過程に関わった人たちの取り分を足して算出される。デザインから生産、流通、販売までに携わるすべての人たちが、それぞれ労働に対するフェアな対価を受け取ることが「正当な価格」の前提なのだろうと思う。

 私が、なにか商品を作ったとする。材料費に自分の工賃を乗せて売値を設定する。これを店に卸したとすると、その店は輸送費、家賃や光熱費、人件費といったコストを賄えるだけの値段をつける。国境を超える場合はそうしたコストにさらに関税が乗る。為替のリスクもヘッジする必要があるかもしれない。こうやって物の値段は、物が動けば動くほど上がっていく。この仕組みはわりとシンプルだ。

 一方、世の中には、この単純な仕組みの外にある値付けもある。たとえば香水の原価はだいたいの場合、数百円程度だと言われる。商品開発にかかるコストも加味されるだろうが、それ以上に価格のほとんどを占めるのは「ブランドとしての価値」だ。レコードやCDといった音源も、シンプルではない値付けがされているもののひとつかもしれない。手にする物質自体を作るのにはそれほどの金額はかからない。けれどその値段の中には、アーティストが受け取るフィー、レコード会社で働く人たちの人件費、流通にかかるコストなどが入ってくる。ついでに自分にとって生々しい話をすると、本を書いて、書いた本の売上から著者に入る印税というものはふつう最大でも本体価格の10%である。つまり買ってくださる方が支払う金額のほとんどは、編集、デザイン、印刷・用紙代、営業、本屋や取次の利益など、本が作られて流通するまでにかかるコストを賄うために使われる。

 ファッションの価格に話を戻すと、ファストファッションが登場して以来、極端な二極化が進んだ。上にはハイファッションのメゾン、セレクトショップに商品を卸すブランドが存在し、下にはファストファッションの大量生産商品が位置するようになった。そこに2008年の金融危機と前後して、ファッションの世界にも「サードウェーブ」的な流れ、つまり第三極が登場した。ニューヨークには、キャンプグッズの〈ベストメイド〉や、テクニカル素材を使った街着で人気の出た〈アウトライヤー〉が登場したが、どちらもショップへの卸し売りをせずに、インターネットを使って直接に販売するだけで、消費者の手元に届ける価格を抑えるやり方を採用した。こうした新興ブランドは年に2回コレクションを発表するかわりに、できた順番に商品を発表していく。そして生産量を限ることで、自分たちの在庫リスクを軽減しながら、消費者の「欲しい」という気持ちを掴むことに成功した。

Text by 佐久間 裕美子

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