米国で広がる「キャンセル・カルチャー」と、その危険性

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◆キャンセル・カルチャーの問題点
 #MeTooムーブメントと性犯罪者の告発や、#BlackLivesMatterと差別反対の表明は、キャンセル・カルチャーがもたらす肯定的な側面だが、キャンセル・カルチャーは必ずしも有用な社会運動であるとは限らない。2019年、オバマ元大統領は、シカゴで行われたオバマ財団サミットにおける若手リーダーとの対話において、いわゆるキャンセル・カルチャーは変革をもたらすアクティビズムではないとのメッセージを発信している。オバマ大統領は、キャンセル・カルチャーという言葉自体は使ってはいないが、とくに大学生などの若者たちが、他人の言動について徹底的に批判することが変革をもたらすのに十分な行動だと思っている節があるという点について、懸念を示した。たとえばツイッターで、そうした批判の意見表明をするだけで、自分は社会意識が高い(woke)人間だという自己満足に陥ることの危険性を指摘した。オバマ大統領は、「世界は複雑で白黒の判断だけで済むわけではない。非常によい行いをしている人にも欠陥がある」として、SNSによる告発や批判というやり方についての問題意識を共有した。

 オバマ大統領の指摘は、キャンセル・カルチャーが社会をより分極化させる危険性を示唆している。キャンセル・カルチャーは、必ずしもすべてのケースではないが、左翼・リベラル派に多く広がる傾向がある。また、キャンセル・カルチャーは、人種やセクシャリティーに関する社会の不平等・不公平に対して意識が高いことを示すウォーク・カルチャー(Woke Culture)とも関連している。つまり、キャンセル・カルチャーは、他人の人種差別的な言動を批判することによるリベラル派のアイデンティティとブランディングの形成に寄与している。一方で、キャンセル・カルチャーは、保守派によってもより政治化され、対立党派への攻撃ツールとしても使われている。たとえば、ドナルド・トランプ前大統領のツイッターやフェイスブックなどのSNSからの「追放」という事実は、保守派にとってはキャンセル・カルチャーの被害だと訴える材料として使われる(BBC)。キャンセル・カルチャーにおけるレトリックは、対話ではなく、さらなる分極化をもたらすものだ。

 キャンセル・カルチャーのもう一つの課題として、多くの場合、本質的な「結果」をもたらさないという点も指摘されている。ワインスタインやビル・コスビー(Bill Cosby)など、法律を犯した人物は実質的には「キャンセル」ではなく、当然のごとく法律によって裁かれている。しかし、犯罪行為ではない失言や失態を犯した人物たちは、短期的にキャンセルされても、その後はいままで通り活動を続けたり、場合によってはより活動の幅を広げたりしている。たとえば、『ハリー・ポッター』シリーズの著者、J.K.ローリング(J.K. Rowling)は、トランスジェンダーに対する性差別的な発言が問題になったが、本の売り上げはより増加したという(Vox)。

 一方で、政治家や著名人以外の「一般人」であっても、たとえば過去のツイッターにおける問題発言が大きく拡散されれば、彼らは解雇などといった社会的制裁の対象になる。最近では、コンデナスト社のティーン・ヴォーグの新しい編集長に就任予定であったアレクシ・マッカモンド(Alexi McCammond)が10年前、当時17歳だったときに投稿した、同性愛者差別的なツイッター発言が問題となり、編集長就任が取り消しとなった。マッカモンドは、2019年に同発言に対して謝罪を表明し、問題のツイートを削除していた。しかし、ツイッターのスクリーン・ショットが再度インターネット上で取り上げられ、彼女はキャンセルされた。

 Voxの創業者で、現在はニューヨーク・タイムズに移籍したミレニアル世代のジャーナリスト、エズラ・クライン(Ezra Klein)は、こうした「一般人」に対するキャンセル・カルチャーの悪影響について懸念を示している。クラインは、とくにSNSの普及によって、企業は社員による問題の言動を、企業全体のPR課題として無視できない状況が生まれていると指摘。SNSなどのメディアで、社員の言動が問題となれば、その社員は会社にとっての資産から負債へとなり、言動の重要度にかかわらず、解雇という判断が早急に下されることになる。クラインは、キャンセル・カルチャーの問題点の本質は、「カルチャー」ではなく、資本主義経済であると指摘している。とくに、インターネットと巨大なテック企業が生んだアテンション・エコノミーが、個人の言動に関する自由と責任に対するアプローチをより難しいものにしている。検索エンジンやSNSのアルゴリズムが、炎上しそうな問題発言を拡散させ、インターネット上に記録されたある人物の一つの過ちによって、すべての人格が判断され、キャリアが破壊されるということに、クラインは大きな懸念を示している。

 キャンセル・カルチャーは、周縁化された人々が権力に対して声をあげる手段である一方で、社会にさらなる分断をもたらす危険性を持っている。分極化を避けるためには、キャンセルで終わらせるのではなく、継続的な対話へと導くよりよい「カルチャー」の形成が必要なのではないだろうか。

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Text by MAKI NAKATA