ベネチアングラス工房を襲うエネルギー高騰 伝統途絶えると危機感

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◆ガス代急上昇、エネルギー集約型が仇に
 ウォール・ストリート・ジャーナル紙(以下WSJ)によると、ムラーノでは約150人の吹きガラス職人が、ガラスを溶かす窯の温度を24時間体制で約1400度まで上昇させているという。ところが最近の世界的なエネルギー価格の高騰によってガス代がこれまでの3倍ほどにもなり、制作を縮小・中止する工房やメーカーが増えている。イタリアではほかの欧州諸国と同様、温暖化ガス排出量削減のため石炭火力発電を縮小しており、天然ガスへの依存度が増している。

 生産規模にもよるが、ガス代は平均して総コストの3分の1程度だという。現在のエネルギー危機がいつまで続くかはわからず、不確実な状況を踏まえて多くのメーカーが顧客に長期の納期遅れを伝えたり、オーダー自体のキャンセルを求めたりしている。(WSJ)

 職人たちは年末までに国際市場が落ち着くことを望んでいる。しかし業界アナリストのなかには春まで混乱が続くという見方もあり、島の経済とビジネスへのダメージは甚大なものになると予測される。政府は家庭には救済措置を講じているが、ムラーノのガラス職人にはいまのところ救済措置はなく、職人たちのロビー団体が政府に直接支援を求めようとしているという。(AP)

◆過去にも苦難、後継者育成も課題に
 実はムラーノはガス料金の高騰の前に、新型コロナの大流行で大きな損害を被っていた。イタリアのロックダウンやパンデミック下での観光業不振のなか、政府の支援プログラムでなんとか生き延びており、最近ようやく大口の注文も増え、観光客向けの販売も再開したところだった。(WSJ)

 パンデミック以前には模倣品の被害にも悩まされていた。ガラスメーカーは90年代に、増加する観光客向けに小さな土産物のガラス製品を作り始め人気となったが、程なくして安い中国製のコピー商品が流入。ベネチアはもちろん、ムラーノでも安い偽物に土産物市場が乗っ取られてしまった。これがローエンド市場を捨て、付加価値の高い商品生産に取り組むきっかけになった(国際アート誌アート・ニュースペーパー)。

 ガラスメーカーのなかには、また長期に操業を停止すれば、経済的に再開が難しくなるという不安もあるという(WSJ)。さらに、伝統の継承という面でも不安は尽きない。実は1960年代や70年代には何千人もの労働者を抱えてきたガラス産業は、現在300人ほどの吹きガラス職人を抱える中小企業のネットワークと化している。何世代にもわたって父から息子へと受け継がれた伝統は、夏には気温60度にもなる工房の過酷な環境もあり、若者を引きつけるのに苦戦している。今回のガス問題をきっかけに後継者不足の加速が懸念されている。(AP)

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Text by 山川 真智子