アクティビストCEOって何のこと?

パタゴニアの創設者、イヴォン・シュイナード(左) | Shutterstock.com

 というのも、 企業がプログレッシブ/リベラルな社会運動を支持する立場を取ることにも、リスクがあるからだ。たとえばナイキが、警察による黒人の市民に対する暴力に反対して試合の国歌斉唱の際に「膝をつく平和的抗議」を始めてその後プレーできなくなったアメフトのスタープレイヤー、コリン・キャパニックを広告キャンペーンに起用したとき、左派からは大歓迎の声が上がる一方で、右派からはナイキのスニーカーを燃やすキャンペーンが起きた。けれど一方で、ナイキが同時に、キャパニックのプレーを差し止めた当のNFLを支援する活動を続けていることが「ダブルスタンダード」だとして、左派の一部からは厳しい批判が上がった。前述のバンク・オブ・アメリカも、表明された政治立場を踏まえてそれ以外の一般ビジネスについて精査されることになった。つまりこうした運動に参画することで、それまで以上に労働者運動や消費者グループからの厳しいチェックに晒されるリスクがあるのだ。

 また、リスクは他にもある。デルタ航空が、たびたび起きる銃乱射事件を受けて、全米ライフル協会(NRA)のメンバーに対するディスカウント(アメリカでは多数のメンバーを持つ協会や団体に加盟すると各種のディスカウントが受けられる仕組みがある)を中止したときには、左派からは喝采を浴びる一方で、同社のハブ空港を州都アトランタに抱えるジョージア州の州議会からは怒りを買い、4000万ドルのインセンティブを失う結果になった。これに対して、デルタ航空のエド・バスティアンCEOは「我が社の価値観は売り物ではない」と発表した。そもそもブランド・ロイヤリティというものをほとんど感じたことはなかったのだけれど、そのときはデルタ航空のヘビーユーザーとして「ありがとう」と思ったものだ。

 こうした「アクティビストCEO」は比較的新しい現象であって、企業トップの政治的スタンスの表明がビジネスのボトムラインにどう影響するか、その全体像については、もう少し時間が経って調査や研究が進まなければわからないだろう。

 しかし、『ハーバード・ビジネス・レビュー』が2015年にこの言葉を初めて使ってからの短い年月のあいだに、政治的活動が明らかに企業イメージのマイナスに働く事象が起きた。スターバックスのハワード・シュルツ元CEOが昨年、大統領選挙に出馬する意向を表明したことは日本でも大きなニュースになった。シアトルに誕生したスターバックスを全米に店舗を持つチェーンのコーヒーショップに成長させたシュルツは、アメリカのコーヒー文化のセカンド・ウェーブの礎を築いただけでなく、一度離職した後で、成長が停滞していた同社に舞い戻って再生を成し遂げ、海外進出をも果たした、アメリカでもっとも成功した経営者の一人である。これまでも比較的オープンにプログレッシブ寄りの社会的・政治的スタンスを示してきたが、選挙には独立系の候補として出馬することを検討していると発表した。アメリカの大統領選挙では、独立系候補の存在がどちらかというと民主党候補に不利に機能するという前例があるため、シュルツの出馬検討は、左派からの激しい反対運動に遭った。トランプ再選を恐れる左派の政治団体やスターバックスの顧客からだけでなく、プログレッシブな傾向が強い従業員たちからも猛烈な反対運動が起きるきっかけになった。そんな理由で、シュルツの選挙キャンペーンはほとんど支持を得られないまま、彼が背中の急な手術を受けたこともあって静かに終わるだろうという見通しである。

 このニュースは、シュルツに票が流れることを懸念した民主党支持者やリベラル人口にとっても、スターバックスの従業員や株主にとっても、胸をなでおろす結末かもしれないが、およそ半年という短い期間ではまだ、自社の公開株300万株を所有するシュルツの出馬が、スターバックスのブランドイメージにどんな影響を長期的に及ぼすのかを推し量ることは難しい。

【Prev】第21回・トランプ時代の企業のあり方
【Next】第23回・こんな時代の「いい会社」

Text by 佐久間 裕美子