SNSで世界に届けられたパレスチナ人の声 クラブハウスでは相互対話

Nasser Nasser / AP Photo

◆SNSが伝える人々の声と、オンライン「インティファーダ」
 ソーシャル・メディアが紛争やプロテストの情報発信・拡散に関して、大きな役割を果たすという事例は、近年では珍しいことではないが、今回のパレスチナ・イスラエル紛争に関しては、これまでにはなかった新しいSNSの動きや影響力があったようだ。もっとも注目された点の一つが、不特定多数のユーザーが参加するチャットルームを音声中継するSNS、クラブハウスが、パレスチナ人・イスラエル人双方の声を伝える場としての役割を果たした点だ。

 紛争開始から約1週間が経過した17日(米国西海岸時間)、「Meet Palestinians and Israelis(パレスチナ人・イスラエル人との出会いの場)」と名のついたチャットルームがクラブハウス上で開始した。チャットを開始したのはメキシコ在住のモデレーター、モッシュ・マルコビッチ(Moshe Markovich)。彼は友人たちとガザ地区で起こっていた紛争に関して話すためにチャットルームを立ち上げたが、より多くの友人がチャットルームに参加し始めたため、チャットルームを一般公開した。すると、参加者がより広がり、マルコビッチが立ち上げたチャットルームは、パレスチナ人とイスラエル人が次々と自身のストーリーを語り、世界中のリスナーに向けて中継する場へと化した。チャットルームは、主に若いパレスチナ人とイスラエル人で構成されるモデレーター・グループによって運営され、基本的に発信者はパレスチナ人とイスラエル人に限られた

 クラブハブのデータによると、モデレーターは36名。ピーク時のリスナー数は1406人(20日)で、5月18日時点における平均視聴時間は372分、ユニーク・ユーザーは28万6287人、ユニーク・スピーカーは1199人。仲間内での会話は、一つの重要な対話プラットフォームへと拡大した。ブルックリン在住のユダヤ人ラッパー、コシャ・ディルズ(Kosha Dillz、実名:Rami Even-Esh)は、エンターテインメント誌バラエティへの寄稿記事のなかで、「クラブハウスは、(パレスチナ・イスラエル問題のような)難しいトピックに関して、個人が生産的で、フィルターなしで、かつ問題解決型の会話ができる、現時点における唯一の場だ」と語っている。一方で会話の内容は、解決策の議論というよりは、世代を超えて引き継がれる、トラウマ要素を持った個人それぞれのナラティブで、チャットルームは感情的な対話の場となった。

 パレスチナ人の「声」の発信は、ポッドキャストでもみられた。ニューヨーク・タイムズの看板ポッドキャスト「ザ・デイリー(The Daily)」では、ツイッター発信をしていたパレスチナ人大学4年生、ラーフ・ハラク(Rahf Hallaq)と、ポッドキャストのホストであるマイケル・バルバロ(Michael Barbaro)とのインタビューが配信された。それは両親と4人の妹・弟と暮らす家がいつ爆撃にあうかもわからないという状況下における、生々しい会話だ。一番の恐怖は一人生き延びることだと彼女はいう。爆撃が始まると家族全員がリビングルームに集まる。文字通り「死ぬときは一緒」という覚悟を持っているという。

 世界トップ20レベルの軍事力を持ち、世界一の超大国である米国を味方につけるイスラエルは、パレスチナのハマスに対して圧倒的な力がある。しかし、今回の紛争において、パレスチナの人々はSNSを活用して世界の世論を味方につけることに、ある程度成功したといえる。彼らは、ハマスという反イスラエル・反ユダヤの「テロ組織」とは別のアクターとして、その存在感を発揮した。ニューヨーク・タイムズの記事などには、イスラエル警察から逃れる最中も、セルフィー・スティックを掲げて記録し続ける人々の写真が掲載されている。パレスチナ人はティックトックやツイッターなどを使って積極的に発信し、ディアスポラをはじめとする世界各地の人々は団結や同情を表明した。イスラエル側も政府関連のツイッターなどで発信をしたが、ロケット絵文字を大量に並べた、ふざけたようにも見える連続ツイートには疑問が残る(絵文字はイスラエル市民に向けられたロケット弾の数だと説明されている)。一方、ハマス側のSNS発信はとくにパレスチナ人には届くことはなかったようだ。

 今回、世界の人々がパレスチナ人たちにシンパシーを示した背景の一つには、#BlackLivesMatter運動など、世界的に広がったオンライン・ベースの団結運動があったことも指摘されている。パレスチナ人が語る物語は、パレスチナとイスラエルの「対等な対立」ではなく、イスラエル国家と迫害されたパレスチナ人という構図だ。つまり、パレスチナ人とイスラエル(国家)の関係は、周縁化された人々(marginalized people)と抑圧者(oppressor)という関係性であり、その意味で、世界中で共感と団結が広まるBLM、#MeToo、LGBTQムーブメントなどと同様の闘争であるということが、パレスチナ人からの訴えである。

 SNSは諸刃の剣であり、課題も多い。今回の紛争に関しても、デマ情報発信が問題になった。また、英語発信を行うアラブ系メディアのアルジャジーラは、パレスチナ人の投稿に対するSNSによる不当な検閲の問題を指摘している。フェイスブックは、本件に特化したコンテンツ・モデレーションを行うための特別チームを立ち上げた。また、オンライン上で盛り上がった抵抗運動や議論は、必ずしも中長期的な課題解決策に至るものではない。2011年のアラブの春ではツイッター活用が注目されたが、ツイッターは一つのツールでしかなかった。しかしながら、パレスチナ人のオンライン・インティファーダの「成功」は、今後のパレスチナ・イスラエル問題解決に向けた進展に、一定の影響を及ぼすかもしれない。

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Text by MAKI NAKATA