アジア系差別の深刻化と、「ヘイトクライム」に向き合う難しさ

アジア系への差別に抗議する人々(ロサンゼルス市、3月27日)|Damian Dovarganes / AP Photo

◆ヘイトクライムの判断と意義
 米国には連邦レベルおよび州レベルにて、ヘイトクライム法が施行されており、人種や民族など特定の属性を持つ個人・集団に対する偏見・憎悪が原因で起こる犯罪行為を「ヘイトクライム」と定義することで、ヘイトクライムの存在の認識と撲滅を行っている。ジョージア州では昨年ヘイトクライム法が可決されたばかり。今回の銃撃事件を受けて、新しい法律がどう適応されるかも注目されている

 ヘイト・クライムは、その定義が難しい。また、ある犯罪をヘイトクライムと定義することで、逆に差別を助長するという批判もある。インディアナ大学の法律学の教授は、カンバーセーションの記事で、ヘイトクライムが発生した際、世論と警察のあいだでのズレが生じるということを指摘している。今回アトランタで起きた事件のように、世論はヘイトクライムである可能性がある場合、敏感に反応する一方、警察側でのヘイトクライムの認定は難しく、法廷でも証明することは難しいとしている。

 アジア系女性が被害にあったアトランタの襲撃事件においては、警察側は人種偏見が動機か、もしくは性的な偏見(sexual addiction、misogyny)が動機かといった2極論的なアプローチであるのに対し、アジア系女性に対する差別は、人種と性が密接に結びついた問題であるというのが、とくにアジア系女性のコミュニティが主張する点である。米国の歴史を遡ると、1882年の中国人排斥法(Chinese Exclusion Act)施行以前の1875年、中国人女性を売春婦として決めつけて入国を禁止したペイジ法(Page Act)が可決された。一方で、米軍がアジア各国に基地を展開するなか、米軍兵士のために現地アジア人女性は売春婦として働いた。さらに、映画などポップ・カルチャーにおいて、アジア系女性が「過度に性的(hypersexual)」もしくは、「従属的・従順(submissive)」という両極端な存在として描かれてきた事実もある。こうした行為は、アジア系女性を違うもの(other)として、人間以下として扱う(dehumanize)差別行為である。今回の事件における、警察の「sex addiction(セックス依存)」や「eliminate (his) temptations(誘惑を消し去る)」という表現自体も、被害者を人間以下として扱うものだという批判がある(VoxNPR)。

 こうした背景から、とくにアジア系アメリカ人のコミュニティのあいだでは、今回の事件がヘイトクライムとして認識されている。前出の警察記者ホンは、アジア人に対するヘイトクライムは、黒人差別の首つりの縄(noose)や、ユダヤ人差別のかぎ十字(swastika)のような、わかりやすいシンボルがないということも、ヘイトクライムの立証の難しさの要因の一つであると述べている。同時に、今回のような事件が、ヘイトクライムとして認識されれば、アジア系コミュニティにとっては大きな安堵をもたらすものとなる。つまり、権威が「認定」することによって、彼らが経験している差別が、ただの被害妄想的なものではなく、かつ国民の一人として守られていると感じることができるからだ。

 ヘイトクライムの発生は、ヘイトの対象になった属性をもつコミュニティ全体にとって、恐怖心を植え付けるものだ。だからこそ、「ある犯罪行為をヘイトクライムとみなすことで、そのコミュニティが(法治国家)によって守られているということを保証できる」とアメリカン大学教授のジャニス・イワマ(Janice Iwama)はいう(BBC)。残念ながら、事件が法律的にヘイトクライムと判断されるか否かに問わず、アジア系アメリカ人のコミュニティは、より警戒的にならざるを得ないはずだ。

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Text by MAKI NAKATA