欧州で再注目の『万引き家族』 スイスで議論になった日本と世界の社会問題

シネパッションが毎月開催されるチューリッヒ中心地の映画館ピカディリー

◆「日本だけではなく世界の問題」
 そのうち、高い自殺率に言及した意見も出て、この辺りから遠い国の物語ではなく、自国との共通点を意識する意見が出始めたのが興味深かった。スイスでも同じく、自殺者の多さに悩まされているからだ。「ワーキングプア」や「貧困の連鎖」を生まない政策を求めたり、「真の家族とは」といった議論も交わされた。欧州の観客が「日本独自の問題」ではなく自分たちの問題として捉え始め、「日本に限った問題ではなく、世界の問題」と明言した観客もいた。

同じ傷を持つ異世代の登場人物達が社会問題に目を開かせる|cineworx

 映画に対するポジティブな意見が続くなか、1人が言った。「私にはこの映画は非現実的に思える。たとえば『雪だるまを作ろう』という子供の誘いに、夜なのにすぐ乗って、一緒に雪だるまを作る父親が世の中にどれだけいるか?」と批判したことから、話は時間的余裕に移っていった。その「非現実的に見えること」ができない訳を、「責任のある仕事に就いていると無理」「本当の家族じゃないからできる」などと弁護するのではなく、「今の世の中を変えていくには、誰もがこうして立ち止まる時間を持つことが必要だ」という結論に達したのだった。

 これは一種のグループセラピーのようだ、と参加していた精神分析家が言った。先進国はどこも同じような問題を抱えているのだろう。そのことを気づかせた是枝監督の視点や描き方は、映画の枠を超えた業績を残したと言えよう。遠い異国の抱える問題を自国のそれと重ね合わせ、議論を戦わせる。こうしたことから国際的な理解が高まっていくのだろう。こんな機会が日本でも作られることを願う。

Text by 中 東生