NYタイムズ記事が56万ドルで落札 盛り上がるNFT市場

Rokas Tenys / Shutterstock.com

◆NFT化されたニューヨーク・タイムズ記事
 NFTの可能性は、デジタルアートの世界だけでなく、メディアの世界にも広がりつつある。

 ニューヨーク・タイムズの記者、ケヴィン・ルース(Kevin Roose)は3月24日、NFTに関する記事を公開するとともに、記事自体の画像をNFT化し、専門のオークションサイトに出品。24時間後、アイテムは350イーサ(当時は約56万ドル、4月22日の現在価格は約86万ドル)の価格で落札された。記事のNFT化自体は史上初ではなく、AP通信Quartzの前例があった。フォーブズ誌タイム誌も、それぞれの表紙画像に紐付いたNFTを販売している。

 ルースにとってのこの試みは、NFTの流行りに乗ってみようといった程度のもので、当初、大きな結果は期待していなかったようだ。一方で、記事のNFT化はきちんと設計されていた。まず、この試みで得た収益、および当該NFTの転売から得られる利益は、すべてニューヨーク・タイムズの慈善基金、Neediest Cases Fundに寄付される。オークションは24時間で、開始価格は0.5イーサ(その時点で850ドル)に設定された。さらに落札者に対してはNFTだけでなく、いくつかの特典を付与した。特典は、この試みの結果を紹介する続編記事における落札者(入札者)の紹介や、ニューヨーク・タイムズの人気ポッドキャスト番組のホスト、マイケル・バルバロ(Michael Barbaro)による、オリジナルのお祝いヴォイス・メッセージが届けられるなどといったものだ。

 NFT化された記事公開から2日後、ルースは事後結果の考察記事を公開した。記事を落札したのは、NFTコレクターとして知られる@3fmusicというインターネット名を持つものだ。プロフィールはドバイ拠点の音楽制作会社に紐付いており、会社のCEOはFarzin Fardin Fardという人物のようだ。ルースによると、@3fmusic自体が、個人なのか複数の人物なのかといった詳細は不明だという。@3fmusicは、ルース宛に対するツイッターのダイレクト・メッセージにて、自社のプロモーションだけでなく、NFTの技術を通じてアーティストやアート市場を支援するという意図があったという趣旨の入札動機を説明している。

 ルースは落札者以外のほかの入札者にも、その入札動機を取材。初期段階の入札者は、ただの楽しみのためという動機もあったようだが、高額の入札となるといくつかの意図が明らかになった。たとえばある入札者は、事後の続編記事に自分のことが掲載される可能性があるということで、ニューヨーク・タイムズ記事における売名もしくはマーケティングという動機があったようだ。ほかには、ニューヨーク・タイムズ初のNFTという商品に対する、投機目的の入札があった。一方で、クリエイターによる入札は、NFTが可能にするデジタル作品の新しい所有モデルを支持する、意思表示といったイデオロギー的な動機もあったようだ。

 ルースは、NFTが、デジタル・サブスクリプションに続く、クリエイターが主体的に収益を得るための新しいビジネスモデルになる可能性があると示唆している。しかし、個別のジャーナリストにとって、NFTが本質的価値の対価を得るための手段になるかどうかの判断は難しい。今回のルースの試みは、彼自身や彼の記事自体に56万ドルの価値がついたというよりは、ニューヨーク・タイムズというブランド価値や、最初のNFTという希少性・話題性に対する価値に対する価格だ。この点において、NFTは記事購読の対価を支払うサブスクリプションのビジネスモデルとは、本質的に異なるように思う。また、NFTは所有権を守るものだが、著作権を守るものではなく、作品自体の複製や偽造は可能だ。NFTは、セレブリティーや著名人ではなく、実績やブランドとの関連を持たない個人クリエイターの価値創造を、直接的に後押しするものではなさそうだ。しかし、デジタル作品の新たな価値創造の手段と取引市場が生まれたこと自体は、クリエイティブ業界にとっては朗報と言えるだろう。

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Text by MAKI NAKATA