北朝鮮問題で「ジャパン・パッシング」 遅れた対応、日本不利に進む危険性

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 北朝鮮の金正恩委員長が北京を電撃訪問し、中国の習近平国家主席と会談したことが明らかになった。さらに、アメリカのトランプ大統領、韓国の文在寅大統領との会談も行われる見込みとなり、北朝鮮問題の対話による解決が一気に現実味を帯びてきた。

 そうした中、金委員長の訪中を「想定外だった」と外務省関係者がコメントするなど、日本だけが時流に取り残されている感は否めない。日本の対応の遅れは海外メディアにも指摘されており、北朝鮮外交での失敗は、森友学園問題で支持率が急落中の安倍政権にとって命取りになるのではないかという見方も広がりつつある。

◆遅きに失した日本の動き
 金委員長は、今月25日から28日にかけて中国を電撃訪問。習主席と会談し、非核化に向けた強い意思を示したとも報じられている。さらに、韓国の文大統領と4月に、6月にはトランプ大統領との会談が実現する見込みだ。

 日本は今の所、この一連の動きから「蚊帳の外」の状態だ。関係諸国が進める対話路線から日本だけが取り残されるのではないかという懸念が政府内外に広がっている。菅義偉官房長官は29日、北朝鮮側との話し合いが北京の両国大使館を通じて「さまざまな機会や手段を通じて」やりとりを行なっていると述べた(ウォール・ストリート・ジャーナル紙=WSJ)が、遅きに失した感は否めない。

 WSJは、この北京での日本の動きを「これは、日本政府が花開き始めた外交路線から取り残されたくないと考えている証拠だ」と書く。朝日新聞は、朝鮮総連が仲介役となり、6月初旬の日朝首脳会談実施で調整に入っていると報じているが、両国政府や総連から公式なアナウンスは出ていない。現時点では、来月18日に予定されているワシントンでの安倍-トランプ会談と、5月末のプーチン大統領との首脳会談で北朝鮮問題が話し合われることは決まっている。

◆「ジャパン・パッシング(日本飛ばし)」
 ロイターは、安倍首相は、北朝鮮問題を話し合う米露首脳会談で支持率回復を狙っていると報じる。「安倍氏は外交パフォーマンスによって有権者の目がスキャンダルから逸れることを望んでいる」とし、自民党議員の「(安倍首相は)9月の総裁選を前に、トランプ大統領、プーチン大統領との会談の成果を有権者にアピールしたがっている」というコメントを紹介している。とはいえ、金正恩氏との直接会談がなければ大きなインパクトは残せないのではないだろうか。

 識者らも、そう簡単に安倍首相の思惑通りに事が進むとは見ていないようだ。米コンサルタント会社、パーク・ストラテジーズのショーン・キング氏は、北朝鮮問題における「日本飛ばし」を意味する「ジャパン・パッシング」という言葉が既に外交関係者や識者の間で飛び交っていると言う(CNBC)。

 このままでは、各国と北朝鮮の間で交わされる合意に日本が望む「朝鮮半島の完全な非核化」「拉致被害者の帰国」が盛り込まれる期待は薄いとも見られている。米シンクタンク、国際戦略研究所の朝鮮半島専門家、リサ・コリンズ氏は、「日本はいかなる合意からも取り残されたくないと思っている」と指摘。例えば、もし、アメリカが大陸間弾道ミサイルの開発中止と引き換えに、ある程度の核保有を認める形で北朝鮮と合意すれば、アメリカ本土に届くミサイルの脅威を排除することでワシントンは許容できても、東京は北の破壊兵器の射程圏内にとどまる懸念が残ると、同氏は日本の立場を説明する(CNBC)。また、日本にとっては、拉致被害者の帰国も外せない条件だが、他国任せでは実現する見込みは薄いだろう。

◆逆に北に戦後賠償を求められる?
 北朝鮮側もそんな日本の足元を見て、このところ日本バッシングを強めている。朝鮮労働党の機関紙、労働新聞は、このところ連日のように日本批判の論説を展開。慰安婦問題での賠償を求める署名記事も大きく掲載されている。この点では、同様の日本批判を繰り返す中国・韓国と利害が一致するが、北が「慰安婦問題」を持ち出す余地を残せば、さらに「ジャパン・パッシング」が進む要因となりかねないだろう。

 識者の間では、アメリカが対話姿勢を見せた途端に、北朝鮮との対話を模索し始めた日本の節操のないアメリカ追従姿勢に、批判的な意見も多いようだ。例えば、北東アジア情勢に詳しい中国問題研究家の遠藤誉氏(筑波大名誉教授)は、「日本が今さら日朝首脳会談を模索するようなことをすれば、必ず北朝鮮に足元を見られ、首脳会談が実現した暁には、巨額の戦後賠償を日本に要求してくることは目に見えている」と述べる(ニューズウィーク日本版=『Yahoo!ニュース個人』から転載)。

 かと言って、このまま日本だけが蚊帳の外にいれば、拉致問題など日本独自の懸案事項の解決はさらに遠のくことになりかねない。国内スキャンダルを放置せよとは言わないが、政権の足元を掬ってばかりの政治では、世界の流れを先読みして外交を展開するなど夢のまた夢だろう。今こそ国益を最優先する時期ではないだろうか。

Text by 内村 浩介