本の話 2

© Yumiko Sakuma

 それでも、ここで初めて、自分の作品を何部刷り、いくらで売るかを決めるという行為に挑戦した。在庫のリスクを考えて、まずは500部を刷ることにした。手作業なだけに大きく変わるというわけではないが、多く刷るほどコストは下がる。1000部、と欲を出しそうになったものの、ポップアップのイベントと自分の手売りだけで1000部を売る自信はなかった。価格については、在庫のリスクや送料、また取材費の一部を補填することを考慮しつつ、自分が続けていくために無理のない価格をと考えた末、1500円に設定した。

 そもそも私がごく個人的な紀行文を書くことに、どれだけの人が反応してくれるのかは未知数だったけれど、蓋を開けてみると、500部はあっという間になくなった。出版社から出る本とも、ネットに書くものとも違うパーソナルな文章が喜んでもらえたようだ。そして驚いたことに、書店からも注文が入った。自分でやってみるまで、書店ではバーコードがない出版物は置いてくれないと思っていたが、そんな時代は気が付かないうちに終わっていたようだ。

 1冊作ってみると、対になる2つの物語をA面・B面と組み合わせる同じコンセプトを他にも応用できることに気がついた。調子に乗って2号は、アリゾナのネイティブ・アメリカンの居留区、そして沖縄と、立て続けに縁あって訪れることのできた秘密の祭りをテーマに「ホピの踊り/沖縄の秘祭」というタイトルで、3号は、東京、ニューヨークの次にこれまで一番時間を過ごしてきたデトロイトの過去と現在をテーマに「Detroit and I, Before/After 2013」を作ることにした。そうやって、地方都市でのイベントに持っていく商品の数が少しずつ増えていった。Tokyo Art Book Fairにも参加して、読者にzineを手渡す、ということも体験した。

 この過程で、小さな作り手たちが自分の手でモノを売ることのできるプラットフォーム〈KATALOKooo(カタロクー)〉とオンラインのキュレーション・サービス〈DEPAAAT(デパート)〉を開発した翠川裕美さんと知り合って、DEPAAAT内にオンラインショップを作ってもらった。メーリングリストやSNSを使って新商品やイベントの告知を発信することで、遠くの読み手に自分の作った商品を直接届けられるようになった。

 特に計画したわけではないのだが、こうやって少しずつ新しいことを初めるうちに、気がつけば、自分はリトルプレスになっていた。基本的には一人でも、少しのヘルプを得ながら、自分が売れるだけの商品を作り、実際に売ることのできる世の中になっていたのだ。

 書き手という立場からすると、「書く」という行為は同じでも、古典的な出版社から本を出す、ということと、自費出版で出す、ということには、それぞれのメリットとデメリットがある。

 一般的な出版社から本を出す場合、著者が書いた原稿は、編集者や校正者をはじめたくさんの人の目を通った先に印刷・製本所で形になって、倉庫や取次など再び多くの人の手を介して、営業の力を借りて、書店に渡り、読者の手元に届く。だから著者に入る印税は、座組によって変動はありつつも、基本的には5〜10%のあいだである。その分、印刷や流通などはお任せだし、だからこそ自分ひとりでは届けることのできない場所に流通させることもできる。

 一方、自分の負担で刷った印刷物は、在庫を管理するのも、書店に発送するのも自分の仕事だが、その分、デザイン費と印刷代、それに若干の送料を払ってしまえば、あとはすべて自分の利益になる。もちろん取材費などを考えると決して楽な商売とは言えないが、それでも自分がコントロールできる部分が多くなる。

 私のこれまでの「自主制作」といえば、ブログに始まり、iPadマガジンの『PERISCOPE』を経て、最近ではZINEという形にたどり着いた。なるべく少ない人間が関わる自主制作というやり方だと、どうしてもプロのクオリティよりもインディー色が出るということもあるし、一般流通する雑誌や本ではできないことをやって差別化したいという気持ちもある。

 ところがいつの間にか、気がつけば一般的な商業出版の世界にも、独立した編集者によって、一人、または少人数によって運営される出版社が登場している。出版業界は長いこと、古い慣習によって運営されてきたため、新規参入が難しく、そのため新興系のビジネスも生まれにくいと言われてきた。大手の取次を通さなければ、本を卸したり仕入れたりすることが難しいと思われてきたのだ。

 ところがこれが今、確実に変わりつつある。大手出版社、取次、書店というこれまでの枠組みの外に、小規模・個人の版元、版元と書店の直取引、中小の取次業者や代行業者などが登場して、流通の多様性が生まれているからだ。このあたりの情報は、内沼晋太郎さんの『これからの本屋読本』に、書店をやりたい人向けに詳しく記載されているが、一人で、あるいは少人数で、書店を始めたり、出版社を起こしたりすることは、もはや不可能ではない。自分が表現したいことをオーディエンスに届けるための選択肢が、どんどん多様になっているのだ。

 小さな作り手が商品を流通させるためのインフラが整ってきた一方で、オンラインで売られる商品も無限に増えている。作り手・売り手にとってこれからの課題は、オーディエンスとどうつながっていくか、ということなのだと思う。私にとっては、書店でのイベントや初めて参加した読書会、ZINEのイベントなど、旅の過程で出会う、本を手に取ってくれる人と顔を合わせ、会話することのできる場所が、そこを補強してくれている。

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Text by 佐久間 裕美子