トランプ時代の企業のあり方

© Yumiko Sakuma

 こうした一連の出来事は、良い企業と悪い企業の見極めが思う以上に複雑であるということを露呈する一方で、トランプ時代に入って、その人口規模によって最大の消費者圏に成長したミレニアルが、消費行動を通じて、政治や社会に対する企業の姿勢を明確にすることを要求した最初の例のひとつだったと言える。トランプ以前の世界でも、リーバイス、パタゴニア、ベン&ジェリーズといった一部の企業が、環境問題やLGBTQの人権問題などについて、明確な進歩的価値観や政治的スタンスを示すことはなかったわけではないが、今はそれ以上に、大企業に立場を明確にすることが求められるようになったのだ。

 トランプ政権誕生から約2年半という時間のあいだに、これまで長いことかけて移民、女性、人種マイノリティ、性的マイノリティ(LGBTQ)たちが獲得してきた権利を縮小する政策が、連邦レベル、州レベルで推進される例が後を絶たない。こうした動きに対しても、ミレニアルの消費者・労働者たちによる訴求によって、企業が政治的スタンスを明確にする事例が増えている。

 たとえば、最近アメリカを騒がせている中絶問題はその一例だ。アメリカでは、1973年に合衆国最高裁が下したロー対ウェイド事件の判例によって、中絶は女性に与えられた選択の自由であるということが確立されていた。ところが南部や中部の保守州では、それとほぼ同時に、中絶は人殺しであるとする「プロ・ライフ」というムーブメントが始まった。こうした運動は以来ずっと続いていたものだが、最高裁の判例があったために限定的な規模にとどまっていた。昨年、トランプ政権が最高裁判事に保守派のブレット・カバノー判事を任命したことで、ジョージア、ミシシッピ、ケンタッキー、ルイジアナ、ミズーリなどの州で中絶の権利を制限しようとする運動に弾みがついた。こうした州法は最終的には最高裁で争われることになる見通しだが、何年もかかる法廷闘争が始まる前に、企業がこの問題に対して立場を明確にするという動きが起きている。

 つい最近の6月10日には、イェルプ、ティンダー、ツイッター、ブルームバーグといった大企業から、中小のファッション企業までを含む計180社が連名で「(中絶を制限することは)従業員や顧客の健康、独立性、経済的な安定を脅かすもの」とする書簡を、ニューヨーク・タイムズの全面広告という形で発表した。また、これまでジョージア州の積極的な誘致によって多数の番組や映画の制作を同州で行なってきたディズニーやネットフリックス、ワーナーメディアといった企業が、「心臓の音が聞こえた時点以降の中絶を禁止する」という、州議会に提出された法律が施行された時点で、ジョージア州での撮影を中止する用意があることを表明した。

 こうした企業が、中絶という、アメリカを分断する大きな問題に明確な立場を示したことの背景には、グーグル、ツイッター、フェイスブックなどのプラットフォームがこれまで政治的なスタンスを示さなかったせいでフェイクニュースや白人至上主義の台頭を許してしまったこと、それに対して消費者だけでなく従業員たちからの突き上げがあったことが見え隠れする。民主党の支持基盤である、進歩的な価値観の強い「青い州」を拠点に活動する企業にとって、ミレニアル、そしてさらに若いジェネレーションZの消費者や労働者の価値観に応えることが、重要になってきているのだ。(続く)

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Text by 佐久間 裕美子