アメリカのためにならないバイデン大統領の「気持ち表明」

Carolyn Kaster / AP Photo

 重要な政策についてアメリカの大統領が執務室で純粋に個人的な意見を述べるなど、あり得ないことだ。大統領の職務について言えば、アームチェア・クォーターバック(テレビ観戦しかできないスポーツ愛好家)がボールを手にするのは危うい。

 発言ひとつで軍隊が動き、金融市場が動揺し、外交政策がひっくり返ってしまう。

 それでもバイデン大統領は、ウクライナでの戦争に感情的に介入するのを止めようとしない。プーチン大統領を戦争犯罪人呼ばわりし、ロシアの政権転覆を支持するようなそぶりを見せ、ロシアによる戦争行為をジェノサイド(集団殺害)という言葉で表現した。それがすべて大統領としての意見ではなく、個人的な見解だという。

 危険な時代にあって混乱の種をまいているのだ。

 アメリカは紛争の傍観者ではない。ウクライナからすると西側諸国のなかでも主要な武器供給国であり、重要な軍事情報源であり、ロシアに対する世界的な制裁を主導する国である。長らく核保有のライバル国であるロシアとの対話については数十年にも及ぶ経験を有している。

 だが、バイデン大統領は最近、超大国が抱える重要な論点について「自身の気持ちを話している」と、側近から繰り返し言われるようになった。前任者のトランプ氏と同様に、テレビで見たことに反応するときもある。彼の発言は必ずしも文字通りに受け取られていないとも言われる。

 ジェノサイドの認定については、国連の条約批准国が事態に介入できるほど、歴史的にみて最も厳しい裁きである。ルワンダでフツ族が1994年に80万人のツチ族を殺害したことをアメリカがジェノサイドと認定しなかったのは、介入義務への懸念があったためだ。昨年、バイデン大統領が当時のオスマン帝国が多くのアルメニア人を殺害したのをジェノサイドと認定するまでに、100年以上を要した。

 ところが12日にアイオワ州で、ロシアがウクライナ市民を大量に殺害したのをバイデン大統領はジェノサイドと言及し、ワシントンへの帰路でもその立場を変えず、「確かにジェノサイドと言った」と改めて述べている。ロシアの行為を国際的な基準から判断するのは弁護士の仕事だが、「きっと私が言ったようになるだろう」と付け加えている。

 ウクライナのゼレンスキー大統領はバイデン氏の発言について「真のリーダーによる真実の言葉だ」とツイッターで讃えた上で、「悪に立ち向かうためには、いまの状況をそのように呼ぶことが欠かせない」とも述べている。

 ところが戦線が拡大しているヨーロッパにおいて、フランスのマクロン大統領は「強い言葉を使っても我々のためになるかどうかはわからない」と警告を発した。マクロン氏は「いまは言葉を慎重に選んでいる」としつつ、「ジェノサイドには特別な意味がある。(中略)確かに、いまの事態は狂気じみている。信じられないほど残忍な行為があり、ヨーロッパに戦争が帰ってきた。だが同時に、私は事実に目を向け、戦争終結と平和回復に向け最大限の努力を続けていきたい」と話している。

 先月にはホワイトハウスで、紛争とは関わりのない法案署名のレセプションを後にしようとしていたところを質問攻めにされたバイデン大統領は、プーチン氏について「戦争犯罪人だと思う」と発言している。ポーランドに駐留する米軍を訪問した際にも同様の発言を繰り返している。

 ホワイトハウスでは、大統領の発言が必ずしも政策の方針を示すものではないと火消しにまわった。

 サキ報道官は「大統領はテレビで目にしたことに対しての気持ちを表明した。残忍な独裁者が外国侵略でみせた野蛮な行動に対するものだ」と述べている。

 バイデン氏の個人的な発言が連邦政府の方針を反映していないという考えが混乱をもたらしているという見方について、報道官は13日の会見でこれを否定した上で、「バイデン氏は率直に語ることを公約に掲げて大統領選に出馬した。このことは折に触れて口にしているほか、実際にそのような発言をしている。昨日の二度にわたるコメントや、戦争犯罪人に関する言及もまさにそれを反映したもの」と述べている。

 また、戦争で家族と引き裂かれたウクライナの子供たちとの対話を終えた後、バイデン大統領がプーチン氏について「もう、この男(プーチン)は政権の座にとどまることはできない」と発言すると、ロシアの政権交代支持を説明するためにスタッフを奔走させた。

 だがこれもアメリカの政策ではない。

 数日後には、「あの男に感じていた道徳的な怒りを言葉にし。政策の変更を明言したわけではない」と語っている。

 膨大な数のツイートをはじめとして、台本通りに動く大統領という概念をかなぐり捨てたのはドナルド・トランプ氏だった。なかには政策を反映したツイートもあったが、そのとき感じていたことを吐き出しただけのケースもあった。

 ペンシルバニア大学アネンバーグ公共政策センターのキャスリーン・ホール・ジェイミソン所長は、大統領はときとして政府や国のための発言をするのではなく、自分のためだけに発言している可能性があることを認識するようになった点で「トランプ大統領時代に劇的な転機が訪れた」と述べている。バイデン政権のホワイトハウスはすぐに事実関係を明らかにしているところは評価できるという。

 ジェイミソン氏が専門とする政治レトリックの世界では、バラク・オバマ氏のような公人は自己監視ができる人とみなされている。発言を言葉通りに受け止め、話が迷走したときにはその都度状況を把握する人のことをいう。ジェイミソン氏によると、バイデン氏にはこうしたフィルター機能が欠けている。オバマ氏の自己監視能力は高かったが、バイデン氏は違い、思考と発言の距離があまり離れていないという。

 バイデン氏の場合、長年にわたる外交政策能力の資質と政府の機能に関する深い知見を有している一方で、口が軽くて感情的になりやすい一面があった。

 オバマ政権の副大統領時代の2012年には、大統領に先んじてバイデン氏がテレビインタビューで同性婚の権利を容認する発言をするなど、摩擦を引き起こすこともあった。オバマ氏は当時、バイデン氏について「おそらく彼は少しばかり上滑りしたようだが、寛容な心情から出たものだ」としつつも、「私自身の方法で、思う通りに進めたかった」とも述べている。

 ホワイトハウス側近によれば、50年の政治生活を通じて、バイデン氏はたとえ自身に問題が降りかかることがあるとしても、これまでの発言をみる限り口をつぐむことができない性格が表れている。

 政策とは異なる発言をバイデン氏が繰り返すのは、ウクライナの惨状だけでなく、ロシアの侵攻に対してさらなる発言と行動を求める国内の政治圧力に対する反応であるとみられている。

 常に慎重だったオバマ大統領の顧問を務めていたデイビッド・アクセルロッド氏がみるところ、バイデン氏の「権力の座にとどまることはできない」という発言は、「強みは弱み」というワシントンの格言を表している。

 アクセルロッド氏は最近のポッドキャストで、バイデン氏の強みは共感する力と信頼のおけるところだが、危機のときにあっては間違った発言をすると弱みにもなり得るとしている。

 思いつきで発言するリスクはバイデン氏以外にも過去に例がある。2016年当時、トランプ氏がきわめて物議をかもすコメントをする能力があるのをみて、アクセルロッド氏は同じような懸念を持っていた。

 アクセルロッド氏は「アメリカの大統領になったら、まず口に出して、その発言について後で考えるわけにはいかない。最初の発言で周りはあれこれ言えるからだ」と語る。

By CALVIN WOODWARD and ZEKE MILLER Associated Press
Translated by Conyac

Text by AP