元寇の神風は吹いた? 湖底に眠っていた証拠が示すものは?

『蒙古襲来絵詞』後巻 | Wikimedia Commons

◆反証続々 神風は通説に過ぎない?
 これまで神風といえば第二次大戦時の特攻隊のイメージが先行し、その印象は必ずしも好ましいものではなかった。しかし、ゲームのヒットがきっかけとなり、元寇の際の史実として世界から再び注目を集めている。ただし、神風伝説は十分な記録に裏付けられたものではない。日本に味方した強風などなかったとする意見も根強い。

 くまもと文学・歴史館の服部英雄館長は朝日新聞の記事において、一度目の襲来(文永の役)については嵐が襲来したという記録自体が存在しないと指摘している。また、二度目の襲来(弘安の役)時には台風が通過したものの、その影響は限定的だったという。館長はさらに、当の鎌倉武士たちも神風に護られたという意識はなく、自分たちの実力で勝利したという認識であった、と補足する。

 文永の役において元軍が一夜で撤退したという話について服部氏は、「そんな史料は存在しない」と主張する(同)。また、弘安の役のときの台風では日本側も甚大な被害を被ったことから、神風ではなくむしろ災難と捉えられていた、とする考え方もあるようだ。

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Text by 青葉やまと