映画『ホテル・ルワンダ』モデル、テロ容疑で逮捕の背景とは

法廷に立つルセサバギナ氏(2月26日)| Olivier / AP Photo

◆ポール・ルセサバギナとポール・カガメの対立
 ウガンダの難民キャンプで育ったツチ族のポール・カガメは、ツチ系難民によって設立された、ルワンダ愛国戦線(Rwandan Patriotic Front、RPF)に参画し、のちにRPFを率いた。1994年の虐殺を収束に導き、その後は民族の違いで分断された国の統一と再建に注力した。ルワンダ虐殺後の経済成長は「ルワンダの奇跡」とも讃えられる。カガメは、2000年にルワンダ大統領に就任し、2003年、2010年の大統領選挙でともに90%以上の支持率で勝利。2015年には憲法を改正してさらなる出馬を可能にし、2017年の選挙では99%の支持率で再選。2015年の改正によって、彼は2034年まで大統領に就任し続けることが可能になった。

 また、カガメ大統領は、独裁的な政権の継続を可能にするために、反対勢力を抑圧してきた。過去、ルワンダ元情報機関トップ、パトリック・カレゲヤ(Patrick Karegeya)やゴスペル歌手で活動家でもあったキジト・ミヒゴ(Kizito Mihigo)など、国内外でカガメ大統領を批判する人物らが、攻撃を受け、殺害されている

 自伝でカガメ大統領を公に批判したルセサバギナに対しても、カガメ政権は当然、放置するはずがない。2008年には政府側の関係者により、『ホテル・ルワンダ』の物語に対抗した、『Hotel Rwanda or the Tutsi Genocide as Seen by Hollywood(邦題なし。訳:ホテル・ルワンダ—ハリウッド化されたツチ族の虐殺)』という本を出版し、ルセサバギナが過大評価されていると批判。その後、ルセサバギナは、亡命先のブリュッセルにおいて、自宅の襲撃や攻撃などにあい、家族とともに米国・テキサス州のセキュリティ・ゲートによって護られた住宅地区に移住した。ルセサバギナは米国のグリーンカードを保持している。

 元『Quartz Africa』の記者で、現在ニューヨーク・タイムズの記者を務めるナイロビ在住のアブディ・ラティフ・ダヒル(Abdi Latif Dahir)は、それまで平和的なメッセージを訴えてきたルセサバギナのトーンが、カガメ大統領が99%の得票率で再選した翌年の2018年に変化したという。ルセサバギナは、手段を選ばずにルワンダに変革を起こすときが来たというメッセージを発信するとともに、フツ族の難民が中心となって形成した反政府武装勢力FNL(Forces nationales de libération、National Liberation Forces)に対する支持を表明した。今回のテロ容疑の逮捕は、2018年にルワンダ南部、ブルンジ国境付近で起こったテロへの関与を含む13の容疑にかかるものだ。ルワンダ政府は、このテロはFNLによるものだとしており、FNLを統率したとされるルセサバギナの責任が追及されている。FNLは、彼が代表を務める国外の野党(反政府)派閥組織、ルワンダ民主変革運動(Rwanda Movement for Democratic Change、MRCD)の軍部である。

 ルワンダ政府は、ルセサバギナの逮捕はテロ容疑に対するまったく正当なものだとしている。逮捕は、ルセサバギナが米国からドバイ経由で講演先のブルンジに向かう予定であった旅の途中での出来事であった。ドバイからは用意されたプライベート・ジェットに乗り込み、ブルンジに向かうものだと思っていたら、ルワンダに到着し、予期せぬかたちで逮捕されたとルセサバギナは主張。ベルギー国籍を持つ米国永住者であり、「自分はルワンダ人ではない」という主張を繰り返しているようだ。裁判の結果によっては、25年の実刑判決が下される可能性があると、アルジャジーラは伝えている。

 国際人権団体アムネスティ・インターナショナルは、今回の逮捕には不透明な部分があり、弁護士もルワンダ政府側が用意したものであったことなどの問題を指摘。公平な裁判を求める声明を発表している。ルセサバギナに対する判決は、フツ族とツチ族の対立構造の新たな火種になりかねない。

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Text by MAKI NAKATA