グアテマラの研究者が日本を救う? 首都直下地震に備えた都市構想について

 最近ではほぼ毎週緊急地震速報が流れる。もはや小さな地震では焦りや不安を感じなくなった人は多いのではないだろうか。

 ここ数年で首都直下地震という言葉が頻繁に飛び交うようになった。政府の地震調査委員会によると、今後30年以内に70%の確率でマグニチュード7程度の大地震が東京近郊で起こるというのだ。もちろんこのような地震が本当に起これば、その被害は計り知れない。政府が発表したデータによると、首都直下地震が発生した場合の被害想定は死者2万3000人、経済被害95兆円だという。

 では、これほど地震に対する懸念が高まっているいま、東京都をはじめ、日本の各都市は地震に対してどれほどの対策ができているのだろうか。

 大地震が発生した際の建物の崩壊や火災による被害は当然大きいものとなる。しかし、それ以上に注目しなければいけないことは、そうした状況下で起こるパニックによる被害だ。大震災が発生すれば、街は瞬く間に姿を変え、情報提供の遅れやライフラインの停止などによって被災者は実質社会から遮断される。

 こういった緊急事態では人々はパニックを起こし、普段は何でもないことであっても、人々の命を奪う引き金となるのだ。

 たとえば、東京のビルや地下鉄内には、長い距離のエスカレーターが設置されている。通常であれば何の問題もなく機能するエスカレーターであるが、人々がパニックに陥っている場合ではどうだろうか。定員以上の人がエスカレーターに乗り込み、一人でも転倒したらドミノ倒しで多くの人が巻き込まれる。これにより多数の負傷者が出ることは容易に予測できるであろう。

 また、地震発生時に電車に乗っている人が慌てて線路に飛び出したりすれば、ほかの人々の転落死や圧死を招く。さらに、レール近くで不用意に行動すれば感電死もあり得るだろう。

 このようにパニックが起こっている状態では人々の普段と異なる行動により、思わぬ被害が発生する可能性があるのだ。そのため、本当に首都直下地震の対策をするのであれば、人々のパニックを考慮した上で現在の都市交通や建築物のあり方を検討する必要がある。

 繰り返しになるが、政府が発表した首都直下地震が発生した場合の被害予想は死者2万3000人。しかし、多くの専門家はこの数字に対して疑問を呈している。というのも、首都での震災において、この数字は明らかに楽観的過ぎるからだ。

 パニックによる被害拡大について解説したが、こうした混乱による死者数や負傷者数に関する統計的なデータはこれまでに発表されていない。そのため、パニックによる被害者数などは死者2万3000人という数値に組み込まれていないと考えるのが賢明である。

 つまり、実際の被害は既出のデータの数倍にも至る可能性があるのだ。そして、「パニックによる被害」が首都直下地震の被害想定として考慮されていないのであれば、日本全体がそうした二次被害に対策ができているとは到底言えない。

 ここで少し話は逸れるが、2020年1月にMITテクノロジーレビューによって、「35歳以下のラテンアメリカの最も革新的な若者」が発表された。MITテクノロジーレビューとは米国マサチューセッツ工科大学が有するメディア企業、テクノロジーレビュー社が刊行する科学技術誌であり、毎年世界のイノベーターを選出している。

 そして今年、2000人の候補者のなかから選ばれた一人が、グアテマラ出身のレオネル・アギラル氏だ。アギラル氏は、現在はチューリッヒ工科大学で研究員として勤務をしており、おもに人工知能の分野で活躍している。東京大学で博士号を取得したという経歴もあり、日本とも関わりがある人物だ。そんなアギラル氏の研究に、日本人として注目したい。

MIT Technology Reviewでのアギラル氏

 アギラル氏は、東京大学での博士課程において地震研究所に所属し、自然災害が発生した際の人々の行動と交通について研究した。この研究には日本政府も注目しており、スーパーコンピューター「京」の購入など、研究費を日本政府が負担している。つまり、アギラル氏の研究は今後の地震対策において非常に期待されているのだ。

 そして、アギラル氏は東京大学、チューリッヒ工科大学にて研究を進め、災害時における人々の行動をシミュレーションするソフトウェアを開発。このソフトウェアでは、東京都の面積622km²内における1000万人の被災者の行動と交通がどのように機能するかをシミュレーションすることを可能にする。

 つまり、このソフトウェアを使用することによって、災害が発生した際に起こりうる問題を事前に明らかにすることができるのだ。そして、シミュレーションの結果に基づいて対策を考え都市を構築すれば、災害時の都市交通の問題を解決するとともに、人々の避難経路を確保するなど災害対策をすることができる。

 つまり、パニックによる災害時の二次被害を最小限にし、人々の命を救うことができるのだ。

 日本で大地震が発生する日は遅かれ早かれ訪れるだろう。それに備えて、東京をはじめとした各都市は、現在の都市構造を見直す必要がある。次世代の都市モデルとしてアギラル氏が構想する仮想都市は、いままさに日本が首都直下地震への対策として参考にすべき点が多数盛り込まれている。もしかすると、日本の将来は、グアテマラの若き研究者によって大きく救われるのかもしれない。今後も彼の研究から目が離せない。

Text by 小出友里