脱走、虐待、妻との出会い、ジェンキンスさん77年の生涯 欧米メディアに語った北朝鮮

Joi Ito / flickr

 北朝鮮による拉致被害者、曽我ひとみさんの夫、チャールズ・ジェンキンス氏が11日に亡くなった。在韓米軍の兵士だった1965年に北朝鮮に脱走し、独裁国家の市民として過ごした壮絶な人生と内側から見た北朝鮮を、生前欧米メディアに語っていた。

◆酔っ払って脱走。人生は大きく狂った
 ジェンキンス氏はノースカロライナ州の貧しい地区出身で、高校をドロップアウトし、陸軍に入隊した。1964年に陸軍軍曹として韓国配属となるが、自分の率いる部隊が行う国境警備の危険度が増していたこと、そして今後ベトナムに送られ死んでしまうのではないかという不安があったことから、脱走しようと考え始める。ついに1965年のある夜、ビールを10本飲んだ後、部隊を率いてパトロールに出た同氏は、部下を置き去りにして38度線を越え、北朝鮮に渡った。2005年の米CBS「60 minutes」の取材に対し、「最悪の間違いだった」と述べている(CBS)。

                                                                                                                 

 北朝鮮側に投降した同氏は、他の脱走アメリカ兵たちとともに生活し、建国の父金日成の思想と朝鮮語を学び、プロパガンダ映画に出演し、北朝鮮スパイや軍人に英語を教えた(米公共ラジオ網NPR)。最初は北朝鮮のロシア大使館に亡命を求め、捕虜交換でアメリカに戻ることができると考えていたという。しかし、1966年に平壌のロシア大使館に拒絶され、死ぬまで北朝鮮から出ることはできないだろうと、この時初めて気づいたと語っている(ロサンゼルス・タイムズ紙、以下LAT)。

Text by 山川 真智子

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