沈没危機の町を丸ごと大移動 深く掘り過ぎたスウェーデンの鉱山都市

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 キルナは、北極圏にあるスウェーデン北部の町だ。人口1万8000人のこの町の地下には、巨大な鉄鉱石鉱床が広がっているが、地下深く掘り進めてきたため、表層が崩落し町全体が陥没する危険が増大している。そのため、今後数十年かけて町ごと安全な場所に移動する、世界でもまれに見る大規模プロジェクトが進行している。

◆沈みゆく町。地元をささえる産業が原因だった
 ブルームバーグによれば、キルナは幅700メートル、最低でも深さ2000メートルという世界最大級の鉄鉱石鉱床の上に位置している。ここで採れるのは、自動車や携帯電話に使われる高品質な磁鉄鉱だ。1890年に国営採掘企業LKABが設立された当時は露天掘りであったが、地表近くを掘り尽くした後は、地下での採掘にシフトした。深く掘り進めていくうちに、キルナの町の地盤は不安定となり、CNNによれば、人口が密集する地域の地面にひび割れが現れるようになったという。

 2004年になり、LKABは、地元自治体にさらにあと600メートルほど地下を掘り進める必要があると通告した。これは、町の中心部を含め大部分の地域の地盤が不安定になることを意味した(ブルームバーグ)。鉱山閉鎖という選択もあったが、そこで働く4000人の雇用を失うことにつながり、住民にとってのジレンマだったとCNNは説明する。結局、LKABは今後20年間の間に、ひび割れなどの影響を受ける地域に住む6000人の人々を、3キロ東に作る「新キルナ」に移転させることで町側と合意した。移住する人々の住宅はLKABが買い取り、住人は新キルナで新しい家を買うか、別の地に引っ越すかを選択する。ほぼ95%の住人が、前者を選択しているという(CNN)。

◆巨額の費用がかかる大移動。数十年をかけて少しずつ
 移転プロジェクトはすでにスタートしている。ウェブ誌『クオーツ』によれば、費用はLKABが負担し、その額は10億ドル(約1130億円)以上とされている。時計台、教会などの住民投票によって選ばれた町の象徴的建造物も新キルナに移動されるという。ブルームバーグによれば、今年になってすでに鉄道が移動され、次はハイウェイが移動となる予定だ。2018年からはタウンセンターや商店、会社などのためのインフラ工事も開始されるとCNNは報じている。

 移転のために都市計画を担当する会社との契約も結ばれ、歩きやすさや交通の便を考慮したよりよい町作りのプランができ上がっているという。しかし、当面はわずか数キロ離れたところに2つのキルナが存在することになり、通勤や買い物などでの住民の混乱はしばらく続きそうだとCNNは指摘している。さらに町の中心部の移転は2020年とされていたが、2023年まで遅れる可能性もあり、正式な移転時期が定まらないことは、商店などの事業者にとっては先の見通しが立たず問題化している。一部の小売店などは店をたたんで町を出て行ってしまったとブルームバーグは報じている。

 もとのキルナには当面1万2000人の住人が残ることになるが、2035年以後も鉱山の採掘が続くことになれば、町の他の地域もおそらく影響を受けるだろうとされている。LKABは、危険度の高い場所に住む住民から徐々に移転を進める方針で、町の移動はゆっくりと、まるでヤツデなどの節足動物のように進んでいくだろうと述べている(CNN)。

◆世界が注目。今後のお手本となるか?
 クオーツはニューヨーク・タイムズ紙のレポートを紹介し、過去に鉱山やダムなどのために町ごと移転した例はあるが、キルナの場合はおそらく史上最大規模だと述べる。ブルームバーグは、天候に関連した災害で居場所を失う人々は年間2150万人という国連の数字を紹介し、気候変動による海面上昇が深刻化するなか、キルナの取り組みは世界から注目を浴びていると述べる。

 一方、キルナの町側は、徐々にテクノロジーが雇用を奪っていく未来を認識しており、鉱業で経済を永久に維持することは不可能と考えているという。よってこの移転を機に、北国ならではの雪やオーロラといった天然の資源を生かした観光の町として生き残ることを目指しているという(CNN)。

Text by 山川 真智子