「男らしい」「女らしい」行動はどのように受け継がれるのか:環境と遺伝に関する新しい考え方

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著:Cordelia Fineメルボルン大学 Professor, History & Philosophy of Science program, School of Historical & Philosophical Studies)、Daphna Joelテルアビブ大学 Professor, School of Psychological Sciences and Sagol School of Neuroscience)、John Dupreエクセター大学 Director of Egenis, Professor (Philosophy of Science))

 グーグル社の元エンジニアのジェームズ・ダモア氏が書いた、今になっては悪名高い社内メモにより、男女の性差に関しての長年にわたる論争が活発になっている。

 性差の形成に際し、社会環境が役割を果たしていることについては、ダモア氏を含め誰もが認めるところだ。どの仕事が「女性に相応しい」とか、「男らしい」役割を男性が引き受けるプレッシャーといった考え方があるが、こうした経験、期待、機会は、私たちがそれぞれの性に従った行動をするのに影響を及ぼすだろう。

 しかしながら、生物学的な性差は、同じ環境下にあっても克服されない平均的な行動の違いを生み出しているという考え方も広く信じられている。

 ダモア氏は自身が作成したメモの中で、平均的にみて男性と女性が持つ関心の違い(男性の「モノ」に対し、女性の「ヒト」)や好みの違い(ステータスや争いに対し、家族や共同作業)は、遺伝子がもたらす生物学上の相違に部分的に由来することを示唆する科学的な見解を表明していた。

 よく知られているこの見方に従えば、シリコンバレーのリベラルな環境があったとしても、この根深い生物学的性差を克服できないことになる。

 だが、性差の明らかな環境が何千年も経過して、その差を保つ遺伝子的なメカニズムを発達させる必要性が少なくなったのではないか?これは、私たちが最近の論文で示した考え方である。

◆豊かな遺産
 進化生物学の発展により、子孫はただ遺伝子を受け継いでいるわけではないことが判明している。特定の生態、住みか、両親、仲間といったあらゆる種類のリソースも確実に受け継いでいる。そして、こうした安定的な環境要因は、世代間で確実に再生産を確保するのに貢献することになる。

 例えば、ヒツジやヤギがそれぞれの種において交尾相手を求める「本能的な」性的嗜好について考えてみよう。

 驚くことに、この適応的行動の特性は、幼少期の同じ種との接触に影響されるようだ。種を超えて育てられた雄の新生ヒツジやヤギは、別の種の交尾相手を求める性的嗜好のあることが明らかとなった。

 この場合、動物の発育面からすると、受け継がれるのは遺伝子が全てではない。ヒツジが他のヒツジと共に育てられるという環境も影響しているのだ。

◆遺伝メカニズム再考
 男性は男性らしく、女性は女性らしくあるべきと教える安定的な環境は、遺伝で受け継ぐ要素がそうした性差を強制する必要性を何らかの形で不要にしてしまうのではないか、という考え方を私たちは提示している。

 この考え方は、不安定な環境の場合にとても驚くべき事態になることを説明するのに役立つ。つまり、単一世代ではヤギに惹きつけられるヒツジを育てることは可能である。しかしその話は結局のところ、それほど驚くべきことではないだろう。ヒツジやヤギが性的な嗜好面で遺伝的な保証を進化させるという選択圧を実現できるのは、種をまたいだ飼育を定常的に行うことによってのみである。

 実際、何らかの安定的な環境要素が遺伝的に決められた特性を不要のものにしてしまう時、その特性が失われてしまうのかもしれない。1つ例を挙げると、霊長類がビタミンCの合成能力を失ったことがある。果物を基本とする食事をすることでこのビタミンは安定的に補給できるようになったからである。

 私たちは、ここで示した事例が種別間、もしくは行動特性全般に一般化できると主張するつもりはない。これは経験的な調査結果の問題だ。しかし、適応的な行動特性の発達や遺伝に安定的な環境状態が重要な役割を果たし得るという知見は、人間にとっても重要な意味がある。

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◆人間環境の影響
 人間環境は、性に結び付いた特性の遺伝に関して文化的、行動的、環境的な幅広いメカニズムを含む。

 私たちは名前、衣服、髪型を通して性を強調する。家族、友人、有名人、メディア、芸術、科学が持つ信条、判断、行動、主張から性について学ぶ。人類は、社会学習の面で過去にないほどの能力を有している。つまり、ほとんどの人はこうした学習内容を容易に吸収しているといえる。

 実際、メリッサ・ハインズ氏のラボが最近実施した研究によると、人の性は、誰から学ぶかの決定に影響する可能性があるという。

 調査の結果、先天性副腎過形成(CAH)という症状を有し、子宮内に異常なほど高い水準のアンドロゲン(テストステロンなどステロイド系ホルモンの一種)が分泌されている女性は、同性の行動の真似をし、性のレッテルに「従う」のを厭う傾向があることが判明した。

 これにより、CAHの症状を持つ女の子が「男の子用のおもちゃ」により強い関心を持つという事象を説明できるかもしれない。男の子、女の子のおもちゃに対する嗜好の違いをもたらす要因の一部には、男の子の方がテストステロンの量が多いからという主張を裏付けるためによく用いられる知見だといえる。

 ハインズ氏の調査によると、テストステロンの量を媒介として、男性であるか女性であるかの違いはある程度、誰から学ぶかの決定に影響を与えていることを支持しているものの、学習内容を決定するのは環境である。環境が性を意識しているならば、おもちゃに対する嗜好もそのようになるだろう。

◆寄せ集めの脳
 一見したところ、性は必ずしも特性が世代間で受け継がれる唯一の手段とは限らないという考え方は、証拠と矛盾するように思えるかもしれない。複数の研究が示すところによると、性の持つ遺伝子及びホルモンの構成が、脳の構造や機能に影響しているという。

 しかし、性が脳に及ぼす影響を分析するためのラットを使った最近の研究の結果、この影響はストレスの程度の違いなど環境の状況によって変化するほか、環境によっては反対の結果になることもあるという。

 性と環境に関するこうした相互関係は、脳の中にある様々な部分によっても変化し、特異な「モザイク(寄せ集め)」機能を持つ脳が生み出されることになった。こうしたモザイクは最近、人間に観測されるようになっている。

 換言すれば、性は脳に影響を与えるが、これは、「男性脳」と「女性脳」という2つの異なるタイプの脳があることを意味するものではないということだ。脳のモザイクから判断すれば、偶然以上の正確性でその人の性を推測することは可能だが、逆の予想、つまり性器の形状からその人のユニークな脳のモザイクを推測しようとする試みは、かなり困難なものになるだろう。

◆再び遺伝の議論
 遺伝的継承の主な役割は、私たちを取り巻く文化から性を学ぶところにあるという可能性は、性のバランスを求める組織的な取り組みの支えとなる。

 マイナス面として、性のパターンが人口全体のレベルで顕著にシフトしていくためには、関係する環境の多くの側面が変化しなくてはいけないということを、「性を意識した」環境の広がりが意味するようになっていることがある。

 テクノロジーやリーダーシップの世界で女性の存在を高めようとしている人には、すべきことが山ほどある。それでも、環境を変革する能力の点で、人類はユニークな存在である。

 100年前の性に関する論争では、女性は高等教育を受け選挙権を行使するのに相応しいかという議論に集中していた。今やこうした論争は、社会的態度や科学の進歩のおかげで愚問となり、現代の論争はテクノロジーとリーダーシップ周りでなされている。

 これまでの歴史が示しているように、性に従った行動をするように「作られた」男性と女性の役割は何かという文化的な思考が変化するとき、女性および役割に従った行動をするという現実の役割も世代の中変化している。

This article was originally published on The Conversation. Read the original article.
Translated by Conyac

The Conversation

Text by The Conversation