改めて考えたい子供の貧困問題 先進国のなかで格差の大きな日本

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 景気は依然回復基調にあるという見方を政府は継続しているが、その実感がある人は少数派かもしれない。国税庁の「民間給与実態統計調査結果」の長期時系列データを見ると、昭和からバブル経済期を経て平成9年までは波があるものの給与(勤続1年以上勤務者平均)は上昇を続けてきた。ピークの平成9年の給与平均は460万円、平成以降の最低値は平成21年で405万9,000円となり、平成27年は420万4,000円まで回復したが、平成9年のピーク時に比べれば9割にとどまる。悪化はしていないが明確に上向いてもいない、というのが私たちの給与の実情ではないだろうか。

 消費は敏感に反応し買い控えや身の丈消費などにとどまっているが、それはまだ平和な光景なのかもしれない。問題は、このしわ寄せが子供とその教育にまで及んでいることだ。平均給与の下降は下位所得層の拡大を意味し、18歳未満の学生および児童の7人に1人が貧困世帯に暮らしているとされる(2016年厚生労働省調査)。

◆世界の中でも”充分”に下位
 子供の貧困というと、かつては親の会社の倒産、ギャンブルやアルコール依存などによる家庭の崩壊が原因という印象があった。しかしその認識は変わりつつある。

 ユニセフによるOECD加盟41ヶ国の子供の貧困や不平等に関する指標を集計した順位で日本は、「飢餓の解消」が1位、「健康」が8位、「質の高い教育」が10位であるものの、「貧困の撲滅」が23位、「格差の縮小」が32位と下位になるのだ。

 目に余るほどの貧困はないにしても、義務教育機関の学童の教育費や給食費の支払いに窮する世帯があるのは事実であり、冒頭で述べた給与水準の下降や、非正規労働者の増加などによる格差は拡大していると読み取れる。大学進学率などで差がつけば、社会に出てからもその差は縮まらず、格差拡大が恒常化し、将来の日本経済にますます悪く働いてしまうことになるのだ。

◆大学の奨学金の利用率も上昇
 では、子供を大学以上にまで進学させられる世帯は、まだ余裕があるのか。実はその裏事情はけっして楽なものではない。日本学生支援機構の「平成26年度学生生活調査」によると、全国の短期大学から大学院にまで在籍する回答者4万5,577人の奨学金の受給率は5割以上で2人にひとりに当たる。大学昼間部在籍者について1992年まで遡ると、当時の奨学金の受給率は2割に過ぎない。

 すべてが景気や給与の推移と関連づけられないが、学生やその両親が返済しなければならない借金が毎年増えてきたのは事実だ。小さな子供がいる家庭では、塾や習い事で学力を上げることばかりではなく、将来の学費の資金繰りについても長期計画で考えておく必要がある。

◆母子家庭の増加と仕事上の女性の地位の低さ
 そのような日本の状況について、ワシントンポスト紙は「日本のシングルマザーは貧困と恥の文化に苦戦」と題し、その実態を大阪府の支援団体への取材や山形大学の調査結果からレポートしている。厚生労働省の調査によると日本の子供の16%が貧困層にいて、その約半数がシングルマザーの世帯である。貧困の背景には低調な国内経済があるが、公的な支援を受けられる所得層の人たちは、1992年のバブル経済のころから2倍に達したとされる。女性と男性との仕事上の格差のため、シングルマザーはパートワークなどを掛け持ちし、親戚や友人にすら相談するのをためらい、ひとりで苦しんでいるというのが実態だ。「財政難を言い訳に政府はこの問題に真剣に取り組んでいない」という支援団体の代表者の言葉で記事を結んでいる。

 今年1月にガーディアン紙も、この20年間の日本経済の停滞の結果、世界で3番目の経済規模にもかかわらず拡大しつづける日本の貧困層について取り上げ、貧困家庭の子供向けカフェテリアを東京で取材している。アメリカでも同様に貧困層の問題はあり、子供の貧困率は日本より高いものの、近年その進行を抑えつつある。一方、日本は今まさに進行中というところを同紙は強調している。「安倍首相は子供の貧困問題については無関心」という施設関係者のコメントを同紙は引用している。

◆解決手段はみつからない
 発展途上にある国の子供の貧困対策については、過去の事例からその施策を挙げることができる。学校の設立、貧困家庭を救うための雇用の創出、母親と女子を守るための男女の平等や雇用の機会均等化などだ。しかしすでに発展した国についてはどうだろう。実は答えがないというのが実情ではないだろうか。そして先進国の多くが、大なり小なりこの危機に直面している。

 シングルマザー問題でも触れたとおり、女性の働く機会の拡大は最低限でも必要なことである。共働き家庭でも、女性の仕事での活躍機会が広がれば世帯収入を上げることができる。育児しながら働ける環境を作るには、保育施設の増設、テレワークの導入、男性の育児参加の拡大などもプラス効果になる。進められている教育機関の無償化や子供がいる世帯への支援など、継続的に実施していく必要があるだろう。

 しかしその政府主導の施策の財源は税収であり、企業の利益や社員の給与が停滞してしまっては話が進まない。日本はバブル経済崩壊以降の低成長の影響が、今頃になって別の形で顕在化してきてしまった。子供の貧困問題は家庭の貧困が原因であり、社会、そして国の経済全体のありように左右される。そして子供の貧困は連鎖を生み、将来もまた経済の足を引っ張ってしまうことになる。経済そのものを健全化させない限りこの問題は解決できないが、できないことでまた将来の問題を難しくしていくのである。これは日本だけではなく、先進国の多くが抱える新しい経済上の課題なのだろう。

Text by 沢葦夫