ビッグテック規制強化へ 米FTC新委員長のリナ・カーンとは

Saul Loeb / Pool via AP

 ビッグテックをどう規制するかという問題は、ここ最近の米議会における主要議題の一つとなっている。6月15日、ビッグテック規制についての新たな枠組みを提唱する米国の若手研究者リナ・カーン(Lina Khan)が、独占禁止法の実施状況の監査や反トラスト法に関する調査などを行う米連邦取引委員会(FTC)の委員長に新たに就任した。カーンの人物像とFTCへの期待とは。

◆院生時代に出版の論文が話題に
 カーンは、パキスタン人の両親のもとロンドンで生まれ、11歳の時に家族で米国に移民した。マサチューセッツ州にあるリベラル・アーツ・カレッジの名門、ウィリアムズ・カレッジを卒業後、イェール大学の法科大学院に進学。FTC委員ロヒット・チョプラ(Rohit Chopra)の事務所でのリーガル・フェロー、米コロンビア大学法科大学院でのアカデミック・フェロー、米下院司法委員会(House of Committee on the Judiciary)顧問などの経歴を持つ。FTC委員長就任以前は、コロンビア大法科大学院の准教授で、反トラスト・市場競争を専門にしていた(公職着任のため現在は休職中)。

 現在32歳のカーンは、FTCの役職を務める最年少の人物として注目されているが、その実力が認知されるきっかけとなったのは、2017年、彼女がイェール大学在学中に出版した論文だ。発表された論文のタイトルは、「Amazon’s Antitrust Paradox(アマゾンの反トラスト・パラドックス)」。論文は、既存の反トラスト法が、アマゾンのようなビッグテックを規制するために十分なフレームワークを持ち合わせないとし、時代にあった規制のあり方を提示するものだ。

 カーンは、アマゾンが市場独占状態にあるにもかかわらず反トラストの追求を免れてきたと指摘。その主な要因が、反トラスト法の既存の枠組みが競争イコール消費者福利(consumer welfare)、つまり短期的な価格への影響というかたちで定義されている点だとした。アマゾンは低価格とより速い配達スピードを実現。消費者はアマゾンを大歓迎し、大活用している。しかし、その構造や戦略、ビジネスプロセスは競合を排除し、アマゾンの市場独占を作り出している。アマゾンは、利益よりも売上拡大を優先することで、競合を上回るスピードでオンライン・プラットフォームの市場占有率を広げてきた。同時に、プラットフォームというインフラを提供する企業として、競合がアマゾンのプラットフォームに依存せざるを得ないという状況を作りだした。

 既存の反トラストの考え方においてとくに過小評価されているのが、略奪的価格設定(predatory pricing)と垂直統合(vertical integration)の事業戦略だとカーンは論じている。略奪的価格設定は、原価を下回る価格設定で競合を排除し、独占状態が確立された状況で価格を引き上げるという戦略。そして、垂直統合はあるバリューチェーンにおける複数の企業が統合することで、プロセスの効率化やコスト削減などを図る戦略だ。どちらもアマゾンがその市場優位性を確立するにあたっての重要な要素となっている。

 さらにカーンは、アマゾンのようなインターネット時代のプラットフォームの市場優位性を評価するにあたっては、価格だけでなく事業構造を理解する必要があると論じたうえで、略奪的価格設定と垂直統合に歯止めをかけて市場競争を促すか、アマゾンのようなインターネット時代のプラットフォーム企業を、市民生活に欠かせない「インフラ企業」とみなし、市場独占を認めたうえで規制をかけるかといったどちらかの対応が必要であると論じた。

Text by MAKI NAKATA