映画『バービー』によってケン人形の人気に火がつくのか?

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 大きなスクリーン上でもそれ以外でも、世界はバービーのためにあり、ケンはそこの住人でしかない。

 マテル社のレガシーともいえる有名な着せ替え人形のバービーが、グレタ・ガーウィグによって映画化された。この大ヒット作品にも反映されている通り、バービーはいつでもケンより高い人気を得てきた。評価サイトを運営するTTPM社のCEOであり、玩具業界の専門家でもあるジム・シルバー氏によると、現在のバービー人形の販売数はケン人形のおよそ8~10倍に上るという。

 マテル社も制作に参加したワーナー・ブラザースの映画『バービー』を機に、ケン人形の生産販売量が今後増加するかどうかは明確ではない。しかし、シルバー氏によるとこの映画によって「ケンへの注目度はこれまでになく上昇しており、ここ数十年で最高である」という。

 ケンはバービーが発売された2年後の1961年に初めて登場したものの、バービーランドにおいてケンの影響力がバービーに勝ることはなかった。

 ミシガン州立大学で広告と広報活動について研究を行うエド・ティムケ氏は「バービーの世界はバービーのためのものです。そしてある部分では、ケンはちょっとしたアクセサリーのようなものなのでしょう」と話す。

 一方で、映画の公開を受けてケンへの関心が高まりつつある状況に反発する声もある。この映画はケンではなくバービーを題材にしたものであり、バービー以外にスポットライトを当てるべきではないと感じる人は多い。

 それでもなお、映画のなかでバービーとケンの間に生じる変容は、ジェンダーをめぐる大きな問題や、長年かけてケン自身が進化してきたことについてじっくり考える機会になったかもしれない。

◆人形であるケンはどのような人物であり、どのように変化を遂げてきたのか
 ケンとバービーがおもちゃ売り場で一緒に販売されるようになって以来、2人の関係は話題に上ってきた。マテル社は長年の間、ケンはバービーのボーイフレンドであると宣伝し、2004年に一度別れたものの7年後に復縁したことまで公表している。

 一方で、ケンはバービーの親友であると捉える人も多く、クィアを象徴するアイコンであるとの見方もある。ニューヨーク歴史協会は、1993年に発売された「イヤリング・マジック・ケン」がLGBTQの消費者の間で高い人気を得たと具体例を示している。当時、マテル社は「イヤリング・マジック・ケンはクィアではない」と発表し、商品を回収した。

 ほかにも人気を得たケンのシリーズとして、1984年に発売されたタキシード姿の「ドリーム・デート・ケン」、1978年発売の「スーパースター・ケン」や1979年発売の「サン・マリブ・ケン」が挙げられる。いずれも、映画のなかでライアン・ゴスリング演じるキャラクターに反映されているようなケンを、象徴的によく表したスタイルである。ケンがこれまでに経験してきた職業はバービーと比較すると非常に少ないものの、経歴書には、宇宙飛行士やバリスタ、カントリーミュージック歌手、医師などの肩書が誇らしげに並ぶ。

 ボストン大学で病と向き合う子供と家族中心ケアの臨床指導者を務めるアン・エルゾーグ氏は「遊びを通して、子供たちが自由に、自分の望むタイプの役を人形に演じさせられるのはすばらしい」と話す。同氏はまた、おもちゃの選択に多様性があることが重要であると強調し、「遊びに触れる機会に制約を設けないことや、バービー・コレクションや着せ替え人形が一般的には特定のジェンダー固有のものでしかないというステレオタイプを肯定しないことの意義」を訴えている。

 子供たちはジェンダーを問わず、男児であってもバービーとケンで長く遊んできた。ティムケ氏は、それにもかかわらず「G.I.ジョー」など歴史的に「男児向けおもちゃ」であるとされてきた商品の広告とは対照的であることを挙げ、「ジェンダー化された女児向けのマーケティングが明らかに存在する」ことを指摘する。誰がどのおもちゃで遊ぶのかという認識は、このような従来からの基準やその他の社会化によって今もなお決定づけられている。

 それでもケンは、バービーも同様に、長い時を経て進化し多様性を取り入れてきた。マテル社が、あらゆる肌色や体形、ヘアスタイルなどをケン人形に採用し提供を開始した2017年以降、その傾向は顕著である。ケンのシリーズには、義足や車いす、補聴器を使用している人形もある。2016年以降はバービーも同様に変化してきたが、多様性を表現することで商品の人気は上昇し、売上も再び伸びているとシルバー氏は指摘する。

◆映画の公開は、バービーとケンの売上増加に寄与するのか
 7月21日の『バービー』公開前後で、バービーとケンの売上高がどのように変化したのか、AP通信はマテル社に対してデータの提供もしくはコメントを求めたものの回答はなかった。けれども、市場調査を行うサカーナ社によると、全米の玩具業界へのバービーの売上高は総じて、2022年同時期と比較して40%増加したという。

 サカーナ社は、バービーとケンの売上高を区別していない。しかし、同社副社長であり全米玩具業界アナリストでもあるジュリ・レネット氏はAP通信の取材に対し、「映画の影響を受け、ケン人形の売上が急上昇すると推測している」と述べている。利益が急伸することを予期する専門家もいるものの、どれほど長く継続するかは明確ではないという。

 レネット氏によると、7月後半に最もよく売れたバービー関連商品は、「バービー・ギンガム・ドレス」に次いで「ケン・ドール・セット」であった。そしてこの2商品では、バービーがケンをほぼ2対1で上回る売れ行きだったという。

 映画公開を数週間後に控えて締められた2023年第2四半期、調整分を除いたバービーの小売店向け売上高は、全世界で6%減少した。マテル社経営陣はアナリストに対し、7月の売上高は改善しており、「今後数年間は映画によるブランドへのハロー効果が継続することを期待している」と述べている。

 シルバー氏は、パンデミックが始まった年の記録的な売上によって2022年末には調達過多が生じており、それによって2023年上半期は玩具業界全体が持ち越し在庫を抱えていたと説明する。おもちゃへの出費が増え、映画のストリーミング配信が始まった後のホリデーシーズンに向けてバービーの売上は再び回復すると、同氏は推測する。

 そしてもちろん、映画公開後の販売経路はおもちゃ売り場のみではない。ケンをテーマにした「アイ・アム・ケンイナフ(I am Kenough)」のロゴ入りスウェットシャツや、「ケナジー(Ken-ergy)」なアパレル商品なども映画によって人気を博しており、これらのブランド製品は、マテル社のみでなくアマゾンやウォルマートといった第三者販売業者からも販売されている。

By WYATTE GRANTHAM-PHILIPS AP Business Writer
Translated by Mana Ishizuki

Text by AP