スカラ座客の憩いの場「カフェ・ヴェルディ」が存続の危機 経済は文化を葬ってよいのか?

ヴェルディ通りを歩いていくと、このような外観が迎えてくれる

 経済力に任せて土地や建物を買い占め、その国の文化をグローバル化の海に沈める現象が世界中で見られる。その波にまさに飲み込まれようとしているイタリア・ミラノの宝物について知って欲しい。

◆スカラ座訪問を盛り上げるカフェ・ヴェルディの誕生秘話
 オペラの発祥国イタリア。その経済の中心都市ミラノの歌劇場、スカラ座は245年の歴史を誇る。ようやくウイズコロナ政策に舵を切ったイタリアでは、再び音楽鑑賞の波が戻りつつある。

スカラ座外観。この右側がヴェルディ通り

 正面玄関向かって右の道は、オペラ作曲の大家ジュゼッペ・ヴェルディの名が冠せられている。その道を歩いていくと、カフェ・ヴェルディのオレンジ色の屋根が迎えてくれる。観劇前の腹ごしらえや、旅の前後に最適な軽食が美味しく、食べている間もアーティストのブロマイドや絵、作曲家の胸像に包まれる小劇場のような店内は「ポジティブオーラ」に包まれていて、足を踏み入れた途端に魔法にかかってしまうのだ。

1階奥の席から見た店内

 店長のマリーアが語る40年以上前の「カフェ・ヴェルディ誕生秘話」は、それだけでオペラの台本になりそうな話だ。

 1980年11月のある日、マリーアがヴェルディ通りを歩いていると、大繁盛している小さなカフェがあった。入ってみると、持ち主の兄弟が喧嘩をしていて、1人は刃物を振りかざしているではないか。レジに座っている女性は激しく泣いている。事情を聞いてみると「夫兄弟は喧嘩が絶えず、今日明日にでも殺し合いになるだろう」と訴えるのだ。そこでマリーアは「私もカフェ経営者なので、このカフェの営業権を買いたい」と申し出て、頭金50万リラ(当時約5万円)の小切手を切り、交渉を持ちかけた。喧嘩にうんざりしていた店長兄弟はその場で、年末までに店を引き渡す契約を交わした。店自体は繁盛して、普通なら営業権を売り渡すはずもない状態だったが、絶妙なタイミングに通りかかった偶然は神懸かりにすら思える、とマリーアは振り返る。

 実はマリーアは、そこから地下鉄で2駅の距離にカフェを持っていた。しかしコックである夫は立ち仕事がつらいと言い始め、中心街の立地に、作り置きのできるメニューで採算の取れる小さめのカフェを探していたのだった。

 スカラ座の隣というのは音楽好きなマリーアにとってまさに神様からの贈り物。翌年の元日に自分たちの物になったカフェはオペラをテーマにした店に改造し、店は大繁盛した。

Text by 中 東生