映画『バイス』レビュー:クリスチャン・ベールの渾身の演技は必見!

Matt Kennedy / Annapurna Pictures via AP

 悪名高きアメリカ合衆国元副大統領ディック・チェイニーの伝記映画『バイス』(アダム・マッケイ監督/脚本/製作)は、観ていて疲れる(おもしろくて疲れてしまう)エンターテインメントだ。気を抜いていると、若き日のドナルド・トランプがほんの一瞬登場するのを見逃してしまうだろう。

 だが、間違いなく、マッケイは我々にトランプを想起させようとしている。彼が暗に伝えようとしているのは、明らかに、我々が現在憤りを覚えていること(そう、恥知らずな大統領府の権力掌握)と同じことが既に行われていたということだ。それもつい最近。ディック・チェイニーがあまりにも密かにやってのけたので、我々はそれと気づかなかったのだとマッケイは主張している。

 はじめに断っておくと、クリスチャン・ベールが渾身の演技を見せる『バイス』は、あらゆる意味で中立的な伝記映画ではない。どちらかといえば、2008年の世界金融危機を掘り下げた『マネー・ショート 華麗なる大逆転』と同じく、才能あるマッケイが温存していた巧妙な映画製作の手法のすべてを駆使して一大エンターテインメント化した政治学講座と言った方が近い。

                                                                                                                 

 たびたび破られる第四の壁(訳注:登場人物が観客に語りかけること)、シュールな描写、有名人の愉快なカメオ出演、謎の語り手など仕掛けが盛りだくさんだが、特筆すべきは、寝室で次の政略を練っているチェイニーと妻のリンが、突如として弱強五歩格(訳注:シェイクスピア劇のセリフのリズム)で数分にわたって話し出すのだ。『マクベス』さながらに。

『マクベス』との類似は明らかだ。リン(本作でも印象的な演技を見せるエイミー・アダムス)は、妻という立場を利用して、実質的な共同大統領でおそらく地球上もっとも権力のある男になろうとしている夫にあれこれ指図し、その思想を操る影の権力者として描かれている。

 マクベスは罪悪感と被害妄想に苛まれていたが、『バイス』は罪悪感や疑問など微塵も持たない男の記録だ。淡々と目的を遂行したからこそ、彼は瞬く間に出世の階段を上り詰めることができたのだとマッケイは主張している。彼は淡々とチャンスを狙い、捉えただけなのだと。

 しかし、本作の欠点は、チェイニーをそんな男にするのは実のところ何なのか伝わってこないところにある。マッケイご自慢の凝りに凝った仕掛けの数々が、テーマを理解する能力を我々から奪う。マッケイが描こうとしているチェイニーはただの楽天家なのか。はたまた、深遠な目的に突き動かされているのか。それがよくわからない。

 おそらくチェイニーの支持者は本作をあまりお気に召さないだろうが、筋金入りのリベラルでなければ本作を楽しめないというわけではない。ベールをはじめとする俳優陣の熱演に、ただ酔いしれればいい。

 今回、ベールは20キロ近く増量し、口の端から話すようなチェイニー独特の喋り方をマスターした。アカデミー賞でメイクアップ&ヘアスタイリング賞に輝いた素晴らしいメイクアップも彼の変身に貢献している。これらは小道具にすぎないかもしれないが、ベールは顔色の悪い肥満体のハゲ男になりきっており、しばし彼であることを忘れてしまう。

 エイミー・アダムス演じるリンは、頭脳明晰でウィットに富んだガッツのある女性で、生まれる時代が違っていたら彼女自身が一流の政治家になっていただろうことは想像に難くない。サム・ロックウェルの出番は少ないものの、愛想がよくて冗談好きなジョージ・W・ブッシュを嬉々として演じ印象を残す。「一緒にやらないか?」「なあ、やろうぜ!」と、彼はチェイニーに副大統領職を打診する。幼稚で、父親を喜ばせるために大統領になり、政策決定の蚊帳の外に置かれるような男としてブッシュを描くのが正しいかといえば、おそらく間違っているが、ロックウェルは本当におもしろい。

Matt Kennedy / Annapurna Pictures via AP


Matt Kennedy / Annapurna Pictures via AP

 映画は1963年から始まる。へべれけに酔ったディック・チェイニーが交通違反の取締りに遭い、ふらつく足で車から降りる。そして、ストーリーは一気に2001年9月11日へと進む。彼は国の対応を決定する立場にあったが、そこにブッシュの姿はない。どうやってここまで上り詰めたのか。マッケイは我々に問いかける。

 そこにはリンの存在があった。若き日の彼女は、イェール大学を中退したディックに、「変わってよ。私が愛想を尽かす前に」と発破をかける。

 ディック・チェイニーは変わる。1968年、連邦議会のインターンプログラムに参加、ドナルド・ラムズフェルド(スティーヴ・カレル)の歯に衣着せぬスピーチに惹かれる。経験が浅く、どの政党に入ればいいのかさえわからないチェイニーは、ラムズフェルドの所属政党を尋ねる。

 ラムズフェルドの指導により頭角を現したチェイニーは、ニクソン政権で大統領次席法律顧問を務め、続くフォード政権では史上最年少の34歳で大統領首席補佐官に就任。下院議員を6期務め、ブッシュ・シニア政権で国防長官を務めた後、大手油田サービス企業ハリバートンのCEOとして実業界に入る。

 映画は、「これでおしまいだよね?」と思えるような最高に気の利いたシーンで(ネタバレは避けるが)、皆が満足するラストを迎える。しかし、そこで電話が鳴る。ブッシュ・ジュニアからだ。

『バイス』は、バカげた、イライラする、スピーディーな政治エンターテインメントだ。はたして、これは実話なのだろうか。マッケイは、ロン・サスキンド、バートン・ゲルマン、ジェイン・メイヤーらジャーナリストの重要な著作に基づいてリサーチを行ったが、間違いなく独自の分析を大量に投入している。専門家でもない限り、どこまでが事実でどこまでが仮説なのかわからないだろう。

 政治映画じゃなくて、俳優陣の演技を観に来たと思えばいい。彼らはあなたの時間を無駄にはしない。

 アンナプルナ・ピクチャーズ配給『バイス』は、R指定。上映時間は2時間12分。日本では4月5日(金)より公開。

By JOCELYN NOVECK AP Culture Writer
Translated by Naoko Nozawa

Text by AP