映画『レッド・スパロー』レビュー ジェニファー・ローレンスの奮闘、製作陣の迷走

Murray Close / Twentieth Century Fox via AP

 主演ジェニファー・ローレンスの奮闘は見られるが、このダークで回りくどい、お約束の展開が続く失敗作は、現代のスパイ技術をクールかつスタイリッシュに描こうとするも、その大部分が漫画沁みた暴力性と込み入ったストーリーの犠牲となってしまっている。製作陣は本作を官能的と言うのかもしれないが、それはまるで歯医者を訪れた時の官能性みたいなものだ。

『ハンガー・ゲーム』シリーズの2作目以降を手掛けたフランシス・ローレンス監督が再びジェニファー・ローレンスとタッグを組み、より大人向けの作品を目指した今作品であるが、人々の記憶に残るのは肌寒さ感じられるロンドンで行われた完成披露記者会見、男性陣がコートを羽織る中、ひとり太腿までスリットの入ったドレスを纏ったジェニファー・ローレンスの姿だろう。

 元CIA局員ジェイソン・マシューズの作品を原作とした本作『レッド・スパロー』でジェニファー・ローレンスが演じるのは、大怪我を負い自らのキャリアについて再考を迫られるモスクワ出身のバレリーナ・ドミニカである。彼女はスパイの高官である叔父の勧めを受け、「スパロー」の養成機関へと向かう。そこは、誘惑を最大の武器とする術が教えられる場所であった。

「誰にも秘密の欲望がある」シャーロット・ランプリング演じる厳格な女監督官が訓練生たちに語りかける。「それを暴き出せばあなたの思うがまま」
 
 その場ではこの言葉を受け入れないドミニカ。彼女は後に叔父にこう告げる。「あなたが私を送り込んだのは売春婦の養成所よ。」しかし、彼女はこれを実践することとなる―訓練生の前で性行為の実演を強制される彼女。それは病を患う母の治療のためだった。そしてこれが都合のよいことに、彼女の道徳心の留め金を外すのであった。

 このヒロイン・ドミニカは間もなく外の世界へと放たれる。リュック・ベッソンの『ニキータ』に似たところもあるが、同作の持つビジュアル面の統一感や共感性は今作には見受けられない(ローレンス監督は凄まじい性的描写を繰り返し描く、という点ではこういった要素も見受けられるが)。

 今作でジェニファー・ローレンスは女優として全力を尽くしている。3ヶ月の間1日3時間のバレエ特訓に励み、『空飛ぶロッキー君』のナターシャばりのロシア訛りも身につけた(母親に「しばらく留守にする」と告げるシーンの訛りなど)。

 しかし、実際にドミニカを動かしているものが何なのか、お茶を嗜むダンサーだった人物がどのようにして、この上なく幸せそうに人の頭部を陥没させる人物へと変化したのか、それがはっきりとすることはない。彼女の忠誠心がどこにあるのかがわからず、観る側はそこに興味を引かれ続けるというのも一部にはあるが、彼女は二重三重ともいえる裏切りの輪に飲み込まれていく—オリンピックの話になるが、今回参加できない某国ならあの不名誉な四つの輪と言ってもよいだろう(訳注:ソチオリンピック開会式で五つの雪の結晶が徐々に五輪マークに変化する演出で一つだけ輪が開かなかったことの揶揄と考えられる)。

 しかしそのようなことはすぐにどうでもよくなるだろう。「彼女の口から出た言葉は信用できない」登場人物の一人がドミニカについてこう語るが、その通りである。信頼していなければ、どうでもよいことなのだ。ドミニカには作品そのものが反映されている。時間を追うごとに、起伏が無く退屈なものへなっていくのだ。偽物の引き出しが開くかどうかというシーンが途中30分の間で最もスリリングなシーンとなっているところなどに、製作陣の迷走が見て取れる。

 ランプリングに加え、ジェレミー・アイアンズやダグラス・ホッジ、メアリー=ルイーズ・パーカー(まるで全く別の作品に出ているかのようだ)の好演も見られる。一方、キャスティング面で最悪なのはドミニカが恋心を抱く相手をジョエル・エドガートンにしたことだろう。ジェニファー・ローレンスという虎の横にいては、ジョエルはただの子犬であり、この二人の間に火花が散る瞬間はただの一度も見られなかった。

ジェニファー・ローレンスとジョエル・エドガートン(Murray Close / Twentieth Century Fox via AP)

『レッド・スパロー』は物憂げでありながら豊かさを漂わせるヨーロッパ各地の古い街並を舞台とする作品である。不思議なほど人の気配がしない高級レストランや病院、スイミングプールといった場所は一切の生気を感じさせない。映し出されるのはウィーン、ブダペスト、ロンドンの華麗な建築物に豪華絢爛たるホテルの内装、サウンドトラックはチャイコフスキーとモーツァルト。まるでシャネルの広告の延長のようだ―むろん、暴力的な場面を除けばだが。

 暴力的? そうである。二度のレイプシーン、数回行われる拷問(医者張りに皮を剥ぐシーンも)、人前で裸にされる貶め、おぞましい絞殺シーン、ビニール袋を頭にかぶせられたままバスタブに沈められる死体、ほのめかされる近親相姦。血の気を感じさせない数々の高級品と血なまぐささが並置される様子は痛烈である―もっとも、良い意味ではないのだが。

 脚本家ジャスティン・ヘイスの手によって、この作品にはお決まりのシーンがすべて組み込まれている。スパローたちはお揃いの運動着で雪降るグラウンドを走り、スパイたちは誰もいない真っ暗な公園で言葉を交わすことなく小包を手渡す。夜中に空港の滑走路で行われる政治犯の受け渡し、そこには狙撃手や点滅するパトカーの光、そしてベルギーを侵略できそうな程の規模の部隊も揃う。その中で政治犯が大げさ極まりなく自由へ向けて歩を進めるのだ。

 この作品で、尋問を行う者はヨーロッパ風の早口な口調で冷淡に自白を求める。一方で拷問を行おうとする狂気的な人物が陰惨な道具の詰まった鞄を愛おしそうに広げる様は、『トップ・シェフ』(アメリカのリアリティ料理番組)の挑戦者が包丁ケースを開くかのようだ。男は抑揚をつけて尋ねる「人間の皮を剥ぐのにどのくらいの時間がかかると思う?」(ネタばれ注意:「何時間も、何時間もかけるんだ」)。

 考えてみると、そっちの方が座席に腰掛け『レッド・スパロー』の終わりを待つよりも楽しいかもしれない。

編注:『レッド・スパロー』は、3月30日から全国公開。

By MARK KENNEDY, AP Entertainment Writer
Translated by So Suzuki

Text by AP