ロシアに残りたくても残れない 企業の事業停止が加速した理由

モスクワ郊外のイケアに殺到する人々(3月3日)|Vladimir Kondrashov / AP Photo

◆世論に逆らわず 意思表示でリスク回避
 今回の流れは社会的、政治的に物議を醸す問題での世論の立ち位置を気にする企業のトレンドを反映しているとライス大学のダグラス・シュラー准教授、マンハイム大学のローラ・マリー・エディンガー・ショーンズ教授は指摘する(学術系サイト『カンバセーション』)。

 比較的最近まで、企業が社会的、政治的な問題に対して立場を表明することはほとんどなかった。しかし2000年代に入ってウォルマートなどの大企業が差別を容認する法案に反対の意思を表明。その後、気候変動や人種差別問題などで企業が積極的な姿勢を示すようになった。今日の消費者は企業が広報で示す価値観を実現することを期待するようになっており、いまや株主だけでなくすべての人々のための価値創造にフォーカスすることが、企業には求められる時代だという。

 もっとも、一国との関係を断つという判断は、これまでとはまったく異なるものだと両氏は述べる。それにもかかわらず、いまだかつてない速さでロシア離れが進んだのは、性的マイノリティの権利や銃規制といった意見が二つに割れる問題と違い、今回の侵攻が正当化できないと考える人が圧倒的に多いためだという。多くの企業が何もしないことによるリスクを理解し、自社の評判を傷つけないため引くことを選んだとしている。

◆ビジネス継続ならブーメランも 企業側の苦悩
 もっとも、ロシアにおける企業としての責任と、経済的コスト、また撤退後の影響を考えると、気軽に決断はできないという意見もある。生活に基本的な商品を止めてしまうことは、戦争を望まないロシア人をも苦しめることになる。また消費財を扱う企業には、サプライヤー、フランチャイズパートナー、卸売り業者などとの契約的義務もあり、直接客に商品を売るよりずっと複雑だ。ロシア側は撤退する企業の工場は国有化するという考えも示しており、CEOたちの心配は尽きない。(フィナンシャル・タイムズ紙)。

 さらに、操業や営業を続ける企業は消費者からの批判にも直面しており、世論が望まない姿勢は厳しく糾弾される。たとえば世界2位のビール会社のハイネケンは今回の戦争の被害者に多額の寄付をするとしたが、対応が弱すぎると批判のコメントが殺到したという。とくにロシアを「キャンセル」しようとする若い消費者からの圧力は大きい。彼らのキャンセルカルチャーに同調しなければ不買の対象にされてしまうと欧州最大の資産運用会社のグローバルトップが語っている。(同)

 一方、ソネンフェルド教授は1980年代に南アフリカのアパルトヘイト体制は経済制裁と広範な企業撤退で弱体化したと述べる。ロシア国民への人道的配慮を叫ぶ企業もあるが、暴君排除には中途半端な対応では効き目がないとし、企業のさらなる連帯を呼びかけている。(CBSニュース)

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Text by 山川 真智子