モデル・アーティストが自ら撮影 ファッション・広告業界でパワーシフト

Cedrick Jones via AP

 新型ウイルスの流行により、ファッションや広告業界におけるパワーシフトが加速している。リモートでの写真、動画撮影が余儀なくされるなか、自身のイメージを意のままに押し出すモデルやインフルエンサーに光が当てられている。

 モデル事務所は企業に対し、モデルに衣服を直送するよう依頼している。広告主は、動画広告撮影にあたってクラウドソーシングを利用する。そしてクリエイティブディレクターは、オンライン会議ツール「Zoom」を通じて最高のショットを撮るための斬新な方法を探求している。

 新型ウイルス流行のさなか、旅行制限やソーシャルディスタンスが敷かれ、従来のような撮影を行うことはできない。世界中のファッションモデル4,000人超が所属するマネージメント企業「エリート・ワールド・グループ」の経営者ジュリア・ハート氏は、この状況を乗り切るための方向転換に踏み切ったと話す。

 同氏は、アーバン・アウトフィッターズやザラ、メイドウェルなどのブランドに直接働きかけ、衣服や装飾品、ハンドバッグをモデルたちに送付するよう依頼した。

 そしてモデルたちには、商品の撮影を自分で行い、自身の魅力をめいっぱい表現するよう呼びかけた。

Cedrick Jones via AP

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「これまで、誰がモデル業界の中心的役割を担っていたか、考えてみてください。写真家であり、映像作家であり、雑誌の編集者でした。いまでは、ソーシャルメディアやデジタル空間を通じて人々と直接繋がりをもつモデルたちが主役です。それによりファッションは民主的なものになりました」と、ハート氏は話す。

 モデルのエロイーズ・ゲラン氏は、自分で撮影した動画の編集をいくつか実際に手がけた。ゲラン氏と夫で写真家のヴィクター・デマルシェリエ氏が撮影に臨む自宅へ、商品が届けられた。

「クライアントとはZoomを通して打ち合わせを重ねてきましたが、私たちが創造性や自由を存分に発揮できるよう、余白をたっぷりと残してくれました。『ただのモデル』でいることよりも断然楽しいことでしたし、満足感を得られる経験でした」と、AP通信に宛てたメールでゲラン氏は述べる。

 しかし、プロの写真家と自宅ですばらしい作品を生み出すゲラン氏の境遇は恵まれたものであり、このようなモデルばかりがいるわけではない。

 ハート氏によると、自分で撮影を行う環境と能力を併せ持つモデルは、同社全体の半分にも満たないという。それでもなお、今後は持続的に、自分ブランドをうまく押し出せるモデルが重宝されると見ており、スタジオでの撮影が一部で再開されたとしてもこの方向で進めていくつもりだ。

「私はブロックバスターにはなりたくありません。ネットフリックスのようでありたいのです」と、ハート氏は述べる。

 ハート氏と同じ立場をとるエイミー・スンスネギー氏は、スキンケアブランド「ワイルドキャット(WLDKAT)」の立ち上げに向けて準備を進めていたものの、計画を変更した。

 スンスネギー氏が予定していた新ブランド発表イベントは、新型ウイルスの流行により中止に追い込まれた。その代わりに打ち出した動画広告キャンペーンは、同ブランド商品を使用している女性14名を起用し、各々が自分で撮影した動画を編集したものだ。

「出演する女性たちには、イメージや、全体的な雰囲気、エネルギーのようなものを伝えました。そして、普段通りの自宅で、自分で準備した機材を使い、単独で撮影が行われました。彼女たちのようなコンテンツクリエイターに表現の場を提供できたことは、とてもすばらしいことでした」と、スンスネギー氏は話す。

「適応するか、つぶれるか」といった考え方は、モデル、広告業界からさらに広がりを見せ、音楽や映画業界にも波及している。

 新型ウイルスの流行中、シンガーソングライターのクイン・ナインティツーは、Zoomを使って楽曲をオンライン配信した。彼は、ディレクターのブライス・トーマス氏と共同し、楽曲『Coffee』のミュージックビデオを制作した。ビデオには、Zoom画面や監視カメラに映し出された映像、クイン・ナインティツーの妻によって撮影された動画が使われている。

 クイン・ナインティツーはロサンゼルスの自宅で撮影を行い、同時にトーマス氏はニューヨークから監督を行った。撮影には当初予想していたよりも長い時間を要した。「撮影前日に、私たちは電話で話をしました。そのときには、『まあ、4、5時間程度だろう』なんて、話していたのです。ところが実際には14時間かかりました」と、トーマス氏は話す。

 Zoomやビデオ通話アプリ「FaceTime」を使ったリモートでの撮影、監督には多大な時間がかかる、と同意を示す経験者もいる。写真家のセドリック・ジョーンズ氏もその1人である。FaceTimeを使って、モデルやミュージシャン、俳優のポートレート写真を撮影するにあたり、同氏は、家の中での照明の適切な位置や、完璧なショットが撮れる携帯カメラの位置をアドバイスする。

「いまのところ、反響はまずまず良い感じです。出来栄えにはいつも驚かされます」と、ジョーンズ氏は話す。

 ジョーンズ氏によると、リモートワークの導入は職種により強制されるものではなく、創造性によるところが大きいという。

「画家になったように感じるでしょう。何かを描かなくてはならないのです」と、同氏は述べる。

 アーティストやクリエイターがリモートによる方法を試錯誤する一方で、サスペンスドラマ『Riverdale(リバーデイル)』に出演する人気俳優コール・スプラウス氏のように、打開策としてZoomやFaceTimeをまったく使おうとしない人もいる。

「リモート撮影がまだ斬新なやり方に思えた初期の頃には、とても興味を抱いていました。けれどもいまでは、ありふれたものになっています。とはいえ、人々がなんとかして撮影を行い、安全を確保しようと工夫するやり方には、いつも好奇心がかき立てられます」と、同氏は話す。

 このような業界に対してどのような影響が続いていくのか、容易には想像できない。写真や動画制作に関わる撮影チームはより少人数になっていくと、ジョーンズ氏とトーマス氏は予測する。ゲラン氏は、新型ウイルス流行が収束した後も、リモートによる撮影は状況に応じて継続されていくと見込んでいる。

 トーマス氏は、ミュージックビデオ撮影用セットでの居心地の良さがなつかしいと話す。同氏が監督を務めたクイン・ナインティツーによる2作目のミュージックビデオ『Second Time Around(セカンド・タイム・アラウンド)』は、自分を許すことをテーマにしたバラード曲である。

「監督としてわりと夢中になれるような内容であれば、その場にいてアーティストを見守っていたいというような思いが必然的に湧き上がるでしょう。何から何まで必要なものがすべて揃っている実物のセットでの試行錯誤の日々も、まんざら捨てたものではないのです」と、同氏は話す。

 クイン・ナインティツーは、「このような制限下であっても、私たちはなお、創造力を生かすことができます」と述べ、作品の仕上がりに喜びを感じていた。

By RAGAN CLARK Associated Press
Translated by Mana Ishizuki

Text by AP