「最悪の影響は次世代に」ウのダム決壊、ゆっくりと進む生態系の大惨事

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 カホフカ水力発電所のダムが破壊された。被害が急速に広がっているところだが、飲料水や食糧供給、黒海にいた生態系など将来に影響が及ぶ環境破壊へと急変しつつある。

 衛星画像で見ると広大な土地が水没しており、危険が間近に迫っていることが明らかだ。今後も被害が続くとみられるが、専門家によると、将来への影響は世代を超えたものになる。

 かつて家屋や農地があったところには植えたばかりの穀物や果物、野菜の畑が広がり、灌漑(かんがい)用の水路は干上がっている。無数の魚が干潟に打ち上げられ、生まれたばかりの水鳥は巣と食料源を失い、数え切れない木々や植物が水中に沈んだ。

 水こそ命と言うのなら、カホフカ貯水池が干上がってしまうと、70年前にドニエプル川がせき止められるまで乾燥地帯だったウクライナ南部での今後の生活は先が見通せない。ソ連時代にベラルーシから黒海に流れるドニエプル川に建設された6つのダムのうち、カホフカ水力発電所のダムは最も下流にある。

 昨年のロシアによるウクライナ侵攻の際、この川が紛争の最前線となった。

 ウクライナ自然保護連合で保護生息地を研究しているカテリーナ・フィリウタ氏は「貯水池を含め、この地域一帯には独特の生態系が形成されていた」と述べている。

◆短期的な影響
 イホール・メドゥノフ氏は生態系の一翼を担っていた。戦争の勃発で狩猟と釣魚のガイドの仕事はできなくなってしまったものの、4匹の犬とともに小さな島にある自宅にとどまることにした。別の場所に移住するよりも安全と判断したからだ。それでも、ロシア軍がダム下流を制圧したことを知り、この数ヶ月は気が気でなかった。

 ドニエプル川沿いに設置された6つのダムは相互に連携しながら運用される仕組みになっており、季節によって水位が変動するよう調整されていた。ロシア軍がカホフカダムを接収したことで、ダムのすべてのシステムが放置された。

 意図的なのか単なる不注意なのかは不明だが、ロシア軍は無秩序に水位を変動させるようにした。水位は冬季に危険水域に達するほど低くなったかと思えば、雪解け水や春季に降った雨が貯水池に溜まると過去最高の水準に達した。メドゥノフ氏の自宅の居間には6月5日まで川の水が押し寄せてきていたという。

 ダムが破壊されてしまった今、同氏は文字通り生計を立てられなくなった。玄関先の階段に波が押し寄せていたが、今では泥だらけの道ができており、「目の前に広がっていた水は引いたようだ。家にあったすべてのもの、一生かけて働いてきたもののすべてが失われた。最初は水に浸かり、水が引くと腐ってしまった」とAP通信に語っている。

 6月6日にダムが破壊されて急流が押し寄せると、地雷を根こそぎ流出させたほか武器や弾薬の保管場所も浸水し、150トンものマシンオイルが黒海に流れ込んだ。街全体が住宅の屋根の高さまで水没し、ロシアが占領している大きな国立公園では数千頭もの動物が溺死した。

 ウクライナ南部にあるヘルソン州の州都ヘルソンでは、洪水で濁った穏やかな海が虹色に光る油膜で覆われている。自動車や建物の1階部分、地下室は水没したままで、残された建物からは腐敗臭が立ち込める。航空写真で見るとヘルソンの港や工業地帯があるドニエプル川の流域には巨大な油の塊が広がっており、この地域の汚染問題の大きさを物語っている。

 ウクライナ農業省は、同国が支配するヘルソン州一帯で1万ヘクタールの農地が水没したほか、ロシア占領地では「数万ヘクタール単位で」水没した可能性があると推定している。

 貯水池が失われることの苦しみを地元の農家はすでに感じている。マリインスケ村のディミトロ・ネヴェセリィ村長は、数日以内に1万8000人の全村民が影響を受けるだろうとして、「今日明日くらいなら飲料水を提供できるかもしれないが、その後のことは誰にもわからない。貯水池に水を供給していた運河も流れなくなった」と話している。

◆長期的な影響
 6月9日には徐々に水が引き始めたものの、環境破壊という危機が迫りつつあることが明らかになっている。

 18立方キロメートルの水量を持つとされる貯水池は、ウクライナの工業と農業の中心地を数百キロにわたって流れるドニエプル川の最後の貯水地点だった。何十年もの間、川底の泥に蓄積されていた化学物質や農薬が流されていた。

 活動家や研究者から構成される非営利団体「ウクライナ戦争環境影響作業部会」の環境科学者、ユージン・シモノフ氏によると、夏の到来とともに有毒な塵になるリスクを抱える泥に含まれている毒性レベルをウクライナ当局が検査している。

 長期的な影響がどの程度になるかは、予測不可能な戦争での戦闘の行方次第と言える。この地での戦闘が長引いたとき、ダムや貯水池を復旧できるだろうか?再び乾燥地帯になってもいいのか?

 ウクライナのメルニク外務副大臣はカホフカダムの破壊について「チェルノブイリ原発事故以来、ヨーロッパで最悪の環境大惨事」と呼んでいる。

 シモノフ氏も、貯水池周辺で生息していた魚や水鳥にとっての「産卵場所や餌場の大半が失われる」としつつ、ダム下流には、3つの国立公園を含む約50の保護区が設けられていると話す。シモノフ氏は昨年10月、カホフカダムが被害を受けると川の上流と下流で悲惨な影響がもたらされる可能性があると警鐘を鳴らす共著論文を発表していた。

 フィリウタ氏によれば、動植物の個体数が元の水準に戻り、新たな現実に適応するまでに10年はかかるという。そこで生活していた何百万人もの人々にとっては、もっと長い時間を要するかもしれない。

 リインスケの農村では、古い井戸があったという記録のある文書を突き合わせる作業を行っている。井戸を発掘、洗浄し、まだ水が飲めるかどうかを検証するというのだ。

 村長は「水のない土地は砂漠になってしまう」と話す。遠い将来、ウクライナは国を挙げて、貯水池を復旧する取り組みを始めるべきか、それとも地域の将来や水の供給、そして外からの侵入に対し突如として脆くなった広大な国土について、これまでとは異なる方法を取るべきかについて考える必要に迫られるだろう(そもそも今回の災害を引き起こしたロシアからの侵略に対しウクライナは脆弱だった)。

 フィリウタ氏は「最悪の結末による影響を直接受けるのはおそらく我々ではなく、将来の世代になる。今回の人災は単純ではないからだ。チェルノブイリ原発事故の影響を被っているのが親世代でなく我々であるのと同じように、これからやって来る影響を受けるのは子供や孫の世代になるだろう」と話している。

By LORI HINNANT, SAM McNEIL and ILLIA NOVIKOV Associated Press
Translated by Conyac

Text by AP