火花散らすインドと中国の「ワクチン外交」 南アジアの分断はらむ覇権争い

タイに到着したシノバック製ワクチン(2月24日)|Sakchai Lalit / AP Photo

◆争い激化の背景に南アジアの覇権争い
 もちろん、インドも中国もこうした南アジア諸国の風見鶏的な外交は織り込み済みだ。それにもかかわらず、両国がワクチン外交で激しく火花を散らせている背景には、それだけ南アジア・インド洋地域の覇権をめぐる争いが激化していることを意味する。

 中国が進めている巨大経済圏構想「一帯一路」は、南アジア・インド洋地域におけるインドの政治的・経済的影響力を弱体化させる政策でもある。インドは南アジア諸国で唯一、同構想に参加していないが、同構想の重要なプロジェクトである「中国・パキスタン経済回廊」や「バングラデシュ・中国・インド・ミャンマー経済回廊」「真珠の首飾り戦略」などは、インドからすれば「インド包囲網」にほかならず、インドはこれまで前述の「近隣第一主義」や「アクトイースト」「プロジェクト・マウサム」「自由で開かれたインド太平洋構想」などさまざまな対抗策を打ち出すことで、同地域における中国の影響力拡大を阻止しようとしてきた。
 
 しかも、中国は新型コロナの世界的流行により各国が医療物資不足に陥るなか、一帯一路構想に「健康のシルクロード」という新しいイニシアチブを取り込み、医療面からも影響力の拡大を図っている。インドとしては世界的にも大きなシェアを有するワクチンやジェネリック医薬品産業という「強み」を中国に奪われるわけにはいかず、これらさまざまな事情が絡み合い、ワクチン供給をめぐる争いは過熱化する構造になっている。

 とは言え、両国のワクチン外交を語る上で忘れてはならないのは、当初、米国をはじめとする世界の先進国がワクチンを独占しようとした点だ。途上国は経済面で先進国の支援に頼らざるを得ない側面があり、それはワクチン調達についても当てはまる。パンデミックの影響でほとんどの国が経済的、物資的な不安を抱えるなか、各国政府が自国を優先する事情も理解できるが、国際社会で力を持つ国々が「自国第一主義」をとれば、そのしわ寄せは必ず貧しい国・地域に及び、国際的な枠組みへの不信感を募らせ、分断を加速化させることになる。重責を担う常任理事国でありながら途上国の弱みにつけ込み、マスクや人工呼吸器、ワクチンなどの医療物資支援で自国の影響力をひたすら高めようとしている中国はもちろん、その他の常任理事国やG7の国々も世界は自分たちだけで成り立っているわけではないという基本に立ち戻り、世界に秩序を取り戻す努力・協力をしてもらいたいものだ。

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Text by 飯塚竜二