「ソウル被害ない北攻撃」はありえるのか? 特殊作戦かブラフか、米韓紙で温度差

 アメリカのマティス国防長官が18日、ソウルを重大な危険にさらさない対北朝鮮軍事オプションがあると述べた。事実であれば、北朝鮮への軍事攻撃が一気に現実味を帯びてくるとあって、韓国メディアとアメリカメディアがこの発言に注目している。韓国・朝鮮日報は「北朝鮮に対する軍事行動はもはや口だけではないと誰もが考えるようになった」と社説で反応。一方、ニューヨーク・タイムズ(NYT)などの米メディアはマティス発言の信憑性には懐疑的で、ソウルへの砲撃やミサイル攻撃を完全に防ぐことは不可能だという論調だ。

◆これまでとは「次元の異なる発言」
 マティス国防長官は、国防総省での非公式の記者懇談会で、記者にソウル市民を危険にさらさない軍事オプションはあるのかと問われ、「イエス、ある。しかし、詳細を述べることは控える」と答えた。

 米政府内ではこれまで、北朝鮮に先制攻撃をすれば韓国への報復は避けられないという見方が支配的だったため、この発言は驚きを持って伝えられた。朝鮮日報(電子版)は20日付で「『ソウルを危険にさらさない軍事行動』発言を深刻に受け止めよ」と題した社説を掲載。同社説は「米国が韓国の被害を最小限に抑えて北朝鮮を攻撃できるとなれば、それは北朝鮮への軍事行動が現実となる可能性が一気に高まることを意味する」と書く。そして、「これまでの米政府関係者の言葉とは完全に次元が異なる」とし、「その一方で韓国政府の言動をみていると、未だに『まさかそんなことが』とのんびり構えているようにしか見えない」と自国の楽観的な空気に批判的だ。

 同じ韓国の中央日報は、マティス発言の信憑性にやや懐疑的な論調ながら、「韓国の被害を最小化できる米国のオプション」は、(1)対北朝鮮核攻撃警告を通じた核拡張抑制(2)金正恩(キム・ジョンウン)を不意に除去する斬首作戦(3)北の武器体系をまひさせるEMP(電磁パルス)弾攻撃(4)北の長射程砲とミサイルなどに対する精密打撃——の4種類に要約されるとしている。同紙は、このうち、(1)の核抑止力の強化が「最も説得力を持っているオプション」だとしている。マティス国防長官は、件の発言をした際に、韓国の宋永武(ソン・ヨンム)国防部長官と韓国への核兵器の再配備を議論したことを明かしている。

◆米軍事専門家は揃って懐疑的
 朝鮮日報は、アメリカの軍事行動の兆候の一つに、朝鮮半島有事に際して在韓米国人27万人を避難させる作戦の責任者が、最近韓国国内を視察していたことを挙げている。この視察について、米政府は毎年2回行われる演習の一環だと説明しているが、同紙は「時期を考えると非常に意味深長と言わざるを得ない」としている。一方で、マティス発言を伝えるNYTの記事は「軍事資産の移動や米国市民の退避など、アメリカが実際に軍事オプションの準備をしている兆候は今のところ見られない」とこの視察を重要視していない。

 NYTは、「ほとんどの軍事専門家は、ソウルが北朝鮮との国境の非武装地帯からたった35マイルしか離れていないため、もし、アメリカが北に先制攻撃をすれば、同市と1000万人以上の住民が即時に平壌の反撃に遭うと考えている。最初の攻撃で北の全ての通常兵器と核兵器を破壊することはできないであろうという点から、アメリカの政治家たちは、伝統的に先制攻撃は多数の市民を危険にさらすという見方をしてきた」と解説する。

 現状でそれが大きく変化する根拠は見いだせないというのが、ほとんどの米軍事専門家の見方のようだ。米ナショナル・インタレスト誌は、取材した6人の専門家全員が、ソウルを危険にさらさない軍事オプションは考えられないと述べたと伝えている。米国内では、「私は、韓国に相当な数の犠牲者を出すリスクを伴わない軍事オプションを想像することができない」(新アメリカ安全保障センター、ジェリー・ヘンドリクス氏)、「アメリカが事前にソウルに伝えることなく、北朝鮮への攻撃を開始するとは思えない。韓国が、自国が破壊される可能性のある軍事力の行使を容認することもないだろう」(アメリカン・シーパワーセンター、セス・クロプシー氏)といった見方が主流のようだ。

◆韓国への核配備の可能性は?
 ナショナル・インタレストは、実際にはソウルを危険にさらさないオプションなどなく、マティス発言は外交的なブラフだろうと結論づけている。そして、トランプ政権も、結局はこれまでの政権同様「抑止的な姿勢に立ち戻るだろう」としている。

 核抑止力の強化という点では、マティス国防長官と宋国防部長官が韓国への核兵器配備を話し合ったという情報が気になるところだ。これについて、マティス国防長官は話し合った事実は明かしたものの、それ以上の踏み込んだ発言は避けた。中央日報はこれを受け、米韓政府が朝鮮半島の非核化政策を固守している現状では「実現の可能性は大きくない」と見ている。

 一方、朝鮮日報は「今やマティス国防長官だけでなく、米国の国務長官やホワイトハウス国家安全保障補佐官、国連大使らも一斉に『当面は外交面での解決を目指す』としながらも『軍事的な選択肢が実行に移されるのもそう遠くない』という趣旨のメッセージを次々と出し始めている」と書く。果たしてマティス発言はブラフなのか、あるいはこれまでの見解を覆すようなウルトラCが本当にあるのか、真相が気になるところだ。

Text by 内村浩介