トランプ氏の日本観は80年代のまま? 繰り返される日本批判、現地メディアが内容を論難

 米大統領選への出馬の意向を表明し、現在、共和党の候補者指名争いをリードするドナルド・トランプ氏は、選挙活動でしばしば日本批判を繰り広げている。氏によれば、日本はアメリカとの通商、また安保同盟において、不当に利益を得ているというのだ。通商問題での氏の日本への批判は、かつての日米貿易摩擦の時代のようだとの指摘がある。また氏は不均衡な安保同盟への不満を、1980年代からすでにアピールしていたという。その反面、トランプ氏には、昨今の中国の経済的、軍事的台頭によって、アジアにおける日米同盟の重要性が増しているとの認識は薄いようだ。一部米メディアや識者が、その点からトランプ氏の主張に反論を行っている。

◆トランプ氏の日本批判は見当違い?
 トランプ氏の日本批判は、通商と安保同盟に及ぶ。インターナショナル・ニューヨーク・タイムズ紙(INYT)によると、トランプ氏は、日本は不当な経済的優位を得るために為替を操作しており、またわずかなリスクとコストで自国を防衛するため、アメリカとの軍事同盟につけこんでいる、として日本を非難している。

 米外交専門誌ナショナル・インタレスト(NI)では、笹川平和財団米国のトバイアス・ハリス、ジェフリー・ホーナング両研究員が、「トランプ氏は日本叩きをするべきではない」と題する論考を発表している。トランプ氏は「アメリカを再び偉大にする」ことを求めていると言っているが、それならばなぜ、世界で最も重要な地域の、軍事面、経済面でのアメリカの最重要パートナーである日本を彼は絶えず非難しているのか、と両氏は問う。トランプ氏は経済政策と軍事政策の両面で日本を何度も非難しているが、彼がそうするのは間違っている、と両氏は主張する。

 米外交専門誌フォーリン・ポリシー(FP)では、米フーヴァー戦争・革命・平和研究所のKori Schake研究員が、主にアジアの安全保障の見地から、トランプ氏が「日本を完全に誤解している」さまについて説明している。

◆日米貿易摩擦の時代と同様の日本への非難
 INYTは、トランプ氏の日本批判のうち、通商問題に関するほうを重点的に取り上げている。3日に行われた共和党候補者のテレビ討論会で、トランプ氏は、貿易問題でアメリカをひどく圧迫している国として、中国、メキシコと並べて日本を名指しし、厳しく非難したという。

 INYTによれば、トランプ氏の訴えは、日本経済が活況で、日本企業が映画スタジオやロックフェラーセンターといったアメリカの格式ある資産を買っていた時代を思い出させるものだという。米民主党系シンクタンクの「センター・フォー・アメリカン・プログレス」のグレン・フクシマ上級研究員は、「トランプ氏の日本についての発言は、日本がアメリカの経済的優位に対する危険なライバルとみられていた、1970年代後半から90年代半ばの時代を思い起こさせる」とし、「日本経済が20年間停滞しているにもかかわらず、トランプ氏が現在、日本がアメリカの雇用を奪うライバル経済国だとの考えをよみがえらせようとしていることは、関心を引く」と語っている。

 また、韓国国立釜山大学の東アジア専門家、ロバート・ケリー氏は、討論会の最中にツイッターで「またもや日本、日本、日本。トランプ氏はマイケル・クライトンの(小説の中の)80年代に生きている」と投稿したという。INYTによると、1992年に出版されたマイケル・クライトンのベストセラー小説『ライジング・サン』では、アメリカに対して冷酷な経済戦争を行う日本が描かれているという。

 実際、氏は何十年間も多数の同様の主張を続けている、とINYTは語っている。もしかすると、トランプ氏の日本への認識は、その間更新されていないのかもしれない。

◆日本は本当にアメリカの雇用を奪っているのか
 ハリス、ホーナング両氏はNIの論考で、トランプ氏の世界観では、日本は、アメリカにつけ込み、アメリカの中間層の暮らし向きを悪くさせた一握りの国の1つである、と述べている。トランプ氏は2015年6月の立候補表明の際、「中国、メキシコ、日本、たくさんの国から、わが国の雇用を取り戻すつもりだ」と語った。両氏は、トランプ氏は日本よりも中国に注意を向けてはいるが、このように中国と日本を一緒くたにする性向は、日米関係を根本的に誤解しているものだ、と指摘している。

 INYTも、トランプ氏は日本が(中国と同様に)アメリカの雇用を奪っているとして非難している、と語る。氏がこういった主張を行う背景として、グローバリゼーションが雇用に対する米国民の不安をかき立てており、トランプ氏はそこに目を付けている、とINYTは語る。

 しかし実際には、グローバリゼーションの進行によって、日本企業がアメリカに工場を作り、雇用を生み出すといった現象も生じている。国外、国内企業の境界はあいまいになっているが、トランプ氏の批判の中ではその点が説明されていない、とINYTは語る。

 NIの論考によれば、日本からアメリカへの対外直接投資の累計額は、2012年時点でイギリスに次ぐ2位だった。日本の自動車メーカーは、アメリカ人から雇用を奪うどころか、アメリカ中に工場を建設しており、アメリカ人労働者数千人を直接雇用している、と著者らは指摘している。

◆日本にもっと防衛負担をさせるべきだとの主張は昔から
 日米安保同盟に関しては、トランプ氏は、日本が応分の負担をしておらず、アンバランスだとの不満を持っているようだ。特に安保条約において、日本が攻撃を受けた場合、アメリカには日本を防衛する義務がある一方、逆の場合には、日本はアメリカを防衛する義務を負わない点をトランプ氏は問題視している。

 Schake氏はFPの論考で、トランプ氏のこういった見解が昔からのものであることを伝えている。トランプ氏は関心を引くためにどんなことでも言うと多くの人がみなしているが、実際にはトランプ氏は一貫した世界観を持ち続けている、とSchake氏は語る。

 トランプ氏は1987年、レーガン大統領(当時)の国家安全保障政策を批判する全面広告をニューヨーク・タイムズ紙に出した。彼は当時、アメリカの同盟国はアメリカにつけ込んでおり、それらの国には強制的により多くのことをさせなければならない、と考えていて、現在も再びそう主張している、とSchake氏は語る。特に、トランプ氏は、(大統領になったあかつきには)日米の防衛同盟を再調整するつもりだと主張しているという。

◆実際はアメリカのアジア政策に日本が重要な貢献
 そういったトランプ氏の非難に対して、ハリス、ホーナング両氏や、Schake氏は、日本が実際には基地などで相当の負担をし、また多くの貢献を果たすようになっており、それらのことがアメリカのアジア戦略に多大な貢献をしているといった面から反論している。

 Schake氏は、トランプ氏は(オバマ政権も)同盟国はアメリカとって負担だという点で誤解している、という旨を語る。実際には、同盟国の貢献のおかげでアメリカ主導の体制が持続可能になっており、同盟国は負担を分担し、時間とともにアメリカをより強くしている、とSchake氏は語る。そして、世界にアメリカがしっかりと関与することの利点の典型が日米同盟である、としている。日米同盟はアジア全体の平和と繁栄にとって欠かせないものになっている、と氏は語る。

 中国への対処は、今後もアメリカにとって重要な政治課題であり続けるだろう。ハリス、ホーナング両氏は、中国経済の減速による影響と、中国の軍事力拡大、海洋進出への対処が、次期大統領の政治課題になる旨を語っている。そのような折、アメリカは、得られる友好国は全て、とりわけ日本のような信頼できる友好国が必要だろう、そのような国であれば、アメリカは利益と価値観のどちらも共有できる、と両氏は語っている。

 反対に、もしトランプ氏が大統領になったとして、日本にあまりにも強い圧力をかけるとしたら、日米関係に破壊的な影響を及ぼし、アメリカのアジア政策を難しくするかもしれない、としている。

 Schake氏は、日本はアジアで、他の国から、現在最も重要なパートナーであり、将来もそうだとみなされている国である、と語る。日本は他国から最も信頼できる国だとみなされており、ASEAN諸国の国民の9割が、日本がより積極的に関与することは有益だと考えているという。そこで、アメリカが日本を遠ざけることは、日米間の直接関係への損害が大きいばかりでなく、他のアジア諸国内でのアメリカの地位にも損害を与えることになるだろう、と語っている。

Text by 田所秀徳