ニューヨークの食を支える人々のそれぞれの人生

Photo by Tobias Zils on Unsplash

著:宮迫憲彦(フィルムアート社)

 エンターテイメントの中心であり、経済の中心でもあるニューヨークは、食に関してもまた世界の中心地だ。

 ヨーロッパだけではなく、南米、アジア、アフリカなど世界中からシェフや料理人が集まる。成功すれば一攫千金。まさにアメリカンドリームの体現といえよう。しかし、不動産価格の高いニューヨークでは、お店の入れ替わりも激しく、成功するのはほんの一握りのお店だけ、というのが現実だ。

 ガイドブックやインターネットを使えば、ニューヨークのどこにどのようなお店があるのかを簡単に知ることができる。わたしたちはお店に関する「情報」はいくらでも拾うことができる。店名や住所はもちろん、メニューや内装・外観写真、レビューなど、わたしたちは店舗の情報を調べ、どこに行こうかと頭を悩ませる。高級レストランから庶民的な食堂まで、ニューヨークには美味しいものがたくさんあり、それはそれで楽しい悩みではある。

◆有名無名の人々と食
 では、わたしたちはそこで働く人のことをどれくらい知っているだろうか。いうまでもなく、料理は人がつくるものだ。つくっている人のことを知ることで料理がもっと美味しくなる、ということもあるはずだ。ニューヨークという世界的な大都市で食の仕事をしている人たちの人生とはいったいどんなものだろうか。

NYの「食べる」を支える人々』には食への情熱が溢れる数多くの働き者が登場する。一流シェフだけではなく、ハラルの屋台オーナー、牡蠣の殻剥き職人、ダック農家、肉屋、セレブ専属ケータリング、卸商、企業雇われシェフ、ウエイトレス、パティシエ、寿司職人から刑務所の料理担当者まで……、多様な職種の人たちが自分の物語を語る。ネットやガイドブックで知ることのできる「情報」以上のもの、つまり彼らの人生を知ることができるのだ。なぜ彼らはニューヨークへやってきたのだろうか。

◆ニューヨークで大人気の「スシ・ナカザワ」というお店 〜中澤大祐とアレッサンドロの物語〜
 本書には、さまざまな国籍や人種の人が登場する。それもニューヨークという都市のひとつの特徴だ。その中でも日本人の私たちにとってとりわけ興味深いのが、ニューヨークで「スシ・ナカザワ」を経営している中澤大祐氏の物語だ。

「スシ・ナカザワ」は中澤氏とアレッサンドロ・ボルゴニョン氏による共同経営のお店だ。日本人の中澤氏とアメリカ人のアレッサンドロ氏は、なぜ、どのようにして出会ったのだろうか。そこには奇跡としかいいようのない物語があった。

 中澤氏は、銀座の高級寿司屋「すきやばし次郎」で11年修業をしていた。しかし2011年に起こった震災をきっかけで、日本での暮らしに不安を覚えるようになりアメリカへと渡った。

 一方、アレッサンドロ氏は、親から譲り受けたレストランの経営に追われ、休みもなく真夜中まで仕事をする日々が続いていた。ある日、妻から、家庭をないがしろにしていることを責め立てられた。そして、妻と仲直りをするためにNETFLIXで観たのが、『二郎は鮨の夢を見る』というドキュメンタリー映画だった。この作品の中に、中澤氏が登場する。

 中澤氏は11年間コツコツと仕事をしてきたが、なかなか二郎さんに認めらない。そして、「たまご」を200回以上も作ってきて、ようやく認められて中澤さんは喜びのあまり泣き崩れる。その姿を観たアレッサンドロは、「この人と仕事をしよう」と思い立ち、さっそくFACEBOOKで「ナカザワダイスケ」を探し、Google翻訳を駆使し、メッセージを送った。こうして、二人は出会い「スシ・ナカザワ」は誕生した。

 まるで小説のような話だが、本当のストーリーだ。

◆自分の言葉で自分語りをするオーラルヒストリー
「スシ・ナカザワ」の2人の物語はとりわけドラマチックな例だが、ニューヨークで働く人というのは、文化や宗教、さまざまなアイデンティティによる興味深い物語をもっているものだ。貧困や迫害を逃れて来た人、アメリカンドリームの実現のためにすべてを賭けて勝負している人、9.11のテロと向き合う人など、さまざまなバックボーンを持つ人が、ニューヨークの「食べる」を支えている。

「夢が破れては新しく芽生え、運命がほんとうに急旋回しうるこの食の街で、競争に追われ、先が予測できず、苛酷なことも多いけれど、総じてほぼ満足しているという彼らのその人生にスポットライトを当てています。」と本書の「まえがき」にもあるように、そんな彼らの語り口は満足気だ。

 美味しい食事の裏に隠れた幾多のドラマを知る機会はなかなかないが、食への情熱が溢れる働き者の人々の物語に心を奪われること間違いないだろう。

『NYの「食べる」を支える人々』(フィルムアート社)はこちらからご購入できます。

Text by フィルムアート社

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