AIに揺れた1年 パニック、過剰な期待、来るリスク…

Michael Dwyer / AP Photo

 2023年、人工知能(AI)が表舞台に登場した。ようやく脚光を浴びたものの、いわゆるSFファンタジーに描かれる人間のようなマシンに技術が追いつくのはまだまだ先の話だ。

 AIが1年の象徴として華々しく躍り出たのは、チャットGPTの誕生に端を発する。その仕組みや使い方についてよく理解している人ばかりでないものの、このチャットボットによって、昨今のコンピューターサイエンスをめぐる進歩を垣間見ることができた。

 先駆的なAI科学者のフェイフェイ・リー氏は「2023年は転換期であるといえます。技術が根底から変わり、それにより社会が活気づいた年であったと歴史に刻まれることでしょう。同時に、この技術がいかにやっかいな性質であるかという点も明らかになりました。どんなもので、どのように使うのか。よくも悪くも扱いにくくとも、一体どんな効果があるのかという点で理解が広まった1年でした」と述べている。

◆AIをめぐるパニック
 AIをめぐる最初の大混乱は、2023年が始まってまもなく生じた。シアトルやパリなど各地で、休みが明けて授業が始まった学校でチャットGPTの利用を禁止する方針が打ち出された。学生たちはすでに、作文を書いたり持ち帰りテストを解いたりするため、2022年末にリリースされたこのチャットボットとの対話を始めていた。

 チャットGPTのような技術を支えるAIの大規模言語モデルは、人間によって書き込まれた膨大な文章のパターンを「学習」し、文中で次に置かれる単語を繰り返し予測することで作用する。事実を間違えることもよくあるが、とても自然に言葉をつむぎ出すため、AIの今後の進歩について、また策略や悪巧みに利用できる可能性について人々の好奇心がかき立てられた。

 我々の仲間入りを果たしたばかりのこの生成AIツールだが、言葉だけでなく独創的な画像や音楽、合成音声をも作り出すことから懸念が強まった。文章を書いたり絵を描いたり、楽器を弾いたりコードの制作を行ったりすることを生業にしている人々の暮らしが脅かされている。これに端を発し、ハリウッドでは脚本家や俳優がストライキに突入し、視覚芸術に携わるアーティストやベストセラー作家は訴訟を起こした。

 AI分野の著名な科学者からは、技術が検証されることなく進歩を遂げることで、将来的に人間を凌駕しその存在を脅かす可能性が高まる一方だとの警戒が促された。一方で、これを行き過ぎた懸念であるとし、より直近で起こり得るリスクへの注意を喚起する科学者もいる。

 春には、何よりも説得力のあるAIの画像合成技術(ディープフェイク)が米大統領選に用いられた。政府の首席医療顧問を務めた感染症専門医とドナルド・トランプ氏が抱き合うフェイク画像が公開された。ウクライナとガザにおける戦争の映像をめぐる真偽は、この技術により見分けるのがますます困難になっている。

 年の終わりに近づくと、チャットGPTの生みの親であるサンフランシスコのスタートアップ企業、オープンAI自身にもAIの危機が及んだ。カリスマ的なCEOをめぐる組織の大混乱により壊滅寸前にまで陥った。さらに、ベルギー政府会議室では、AIがもたらす危機についての協議が数日間にわたって集中的に行われ、欧州各国の政治的主導者らを疲弊させたようだ。その結果、世界初となる包括的なAI規制法案が合意された。

 新たなAI規制法案が完全に施行されるには数年を要する見込みであり、また、アメリカ議会をはじめとする他国の政府において、このような法律が制定されるのはまだまだ先のことになりそうだ。

◆過度に期待されているのか?
 2023年に公開された商用利用を目的としたAI製品は、20世紀半ばに幕を開けたAI研究の初期段階においては達成できなかった技術的な功績が体現されたものだ。

 一方で、市場調査会社ガートナーが発表した新興テクノロジーの「ハイプ・サイクル」によって、昨今の生成AIをめぐるトレンドは過度な期待のピーク期に位置づけられた。これは、1990年代からの同社による追跡調査が反映されたものだ。丘の頂上を目指して上昇している木製のローラーコースターを想像してほしい。現実に向かってそのまま進み始める前に、ガートナーが「幻滅のくぼ地」と言い表すポイントに向けて猛スピードで今にも落下しようとしている。

 ガートナーのアナリスト、デイブ・ミッコ氏は「生成AIは今まさに、過度な期待のピーク期にあります。生成AIが持つ能力やそれを将来的に活かすための機能についてなど、開発者と提供者は極めて声高に主張しています」と話す。

 12月、グーグルは自社の高性能モデル「ジェミニ」のデモ動画について、より印象的に人間らしく見えるよう編集されたものだと批判を浴びた。

 優れたAI開発者は、ある一定の方法にこだわって最新の技術を応用しているとミッコ氏は指摘する。その大半が、検索エンジンであれ、職場の生産性を向上させるためのソフトウェアであれ、現行の自社の製品ラインに対応するものだ。つまり、それを世界がどのように利用するのかはここでは関係ない。

 ミッコ氏は「グーグルやマイクロソフト、アマゾン、アップルとしては、自社の技術についての考え方や技術を提供する方法など彼らのやり方を利用者に受け入れてほしいのだと思いますが、実際のところ、そうしたことは利用者からボトムアップで行われるものだと考えます」と話す。

◆今回はなにが特別なのか?
 忘れがちなのは、AI商品化のブームは今回が初めてではないということだ。リー氏ら科学者が開発したコンピューターの視覚技術は、膨大な量の画像データベースの分類を可能にし、物や個人の顔を認識したり、自動運転システムにより車を操作したりするのに貢献した。音声認識の進歩によって、多くの人の生活に不可欠な存在となったSiriやAlexaのような音声アシスタントが生み出された。

 Siriの共同創立者であるトム・グルーバー氏は「Siriは2011年に発表された当時、コンシューマー向けアプリのなかで最も急速に成長を遂げており、人々が経験したことのあるAIアプリケーションとして唯一かつ中心的存在であった」と述べる。同社は後にアップルによって買収され、Siriは不可欠な機能としてiPhoneに搭載されている。

 同氏は、AI業界には「過去最大の波」が押し寄せており、新たな可能性が解き放たれていると同時にリスクも高まっていると考えている。

 「インターネットでいつでもソリティアができるようマシンを訓練することで、偶然にも驚異的な言語能力に出会えたのです。これには驚きました。ある意味、素晴らしいことです」

 早くも2024年にはリスクが訪れる可能性がある。この年はアメリカやインドなどで国政選挙が行われ、そこにAIが作成したディープフェイクが入り込む危険がある。

 グルーバー氏は、AI技術による言語、視覚認識、および段階的に計画を立てる能力が急速に向上することで、デジタルアシスタントをめぐる将来的な可能性への期待が過剰になりかねないと指摘する。ただし、「デジタル・ライフストリームを支えるインナーループ(開発環境)」にアクセスが認められることが条件になるという。

 同氏は「『この動画を見てください。この本をお勧めします。この人に返信してください』などという形で、注目すべきことが管理されるようになります。まるで本物の秘書がいるような状態なのですが、個人情報とプライバシーという非常に大きなリスクと引き換えに得られるものなのです」と話す。

By MATT O’BRIEN AP Technology Writer
Translated by Mana Ishizuki

Text by AP