コーヒーのこと

© Yumiko Sakuma

 初めて足を踏み入れたコーヒー農園は、しげしげと緑の木々が覆うジャングルのような森林の中にあった。案内してくれた中山コーヒーの岸本辰巳さんが、ブラジル系、スマトラ系など外来でありながら、もう40〜50年沖縄に生息して「帰化」した木を指差しながら、園内を案内してくれた。

 コーヒー「豆」とは言うけれど、それは穫った実の中にある種のことだ。コーヒーの木の下にもぐりこんで木の全体像を見てみる。コーヒーの実はいっぺんには熟れない。バラバラの場所で、時期をずらして少しずつ熟れていくのだ。山田さんの指導を受けて、人間の身長くらいの高さの木から、できるだけワインレッドに近く、濃い色の実を摘むのだが、これがなかなか大変な作業だった。枝葉をかきわけ、熟れた実だけを見つけて、立ったりしゃがみこんだりしながらひと粒ずつ手でもぎ取る作業はかなりの肉体労働である。コンビニでコーヒーを出すのに使われるカップ1杯分の実を穫って、ようやくコーヒー1杯分くらいの豆の量になるという。

 コーヒーの実を剥がすと、薄いクリーム色のぬめりをまとった「豆」が出てくる。そのぬめりを洗い流し、豆を研ぎ、その過程で出てくる殻を剥がしてから、乾燥させる。それを業者は機械を使って一定量ローストするわけだけれど、この日は自分が獲った分のコーヒー豆をローストするところまでの工程を体験した。最初はガスレンジ上で、網にかけて強火で勢いよく数分間、そのあとは小型のロースターの手を借りてじっくりと合計25分。ようやく見覚えのある茶色の「豆」状になったものを挽いて、コーヒーを淹れた。同じ工程でやっても、火の強度やそれとの距離によって味が変わる。こうやって書くと簡単なことのように聞こえるけれど、1杯のおいしいコーヒーのためにどれだけの工程があり、どれだけの手がかかっているのかを体感し、愕然とした。

 コーヒー豆の収穫作業はかつて機械を使って一気に行なわれていた。実の熟し方が不揃いでも豆を収穫していたわけだから、そのことで起きる味の不安定さを補うために「ブレンド」されていたわけだ。コーヒーの味を決めるのは豆のクオリティだけではない。「ロースト」と一言で言っても、加減によって味が驚くほど変わるということも、身をもって学んだ。

 沖縄の場合、栽培からローストまでにかかる人件費を日本の相場で加味すると、コーヒーの値段は1杯1500円くらいになってしまう。だからコーヒー豆を売るという商売はここでは成立しづらい。そこで中山農園では山田さんの知恵を借りて、コーヒーを栽培し、飲める状態にするまでのプロセスを学んでもらうために、収穫体験をツアーという商品にすることにしたのだという。

 逆に言えば、今、私たちが飲むコーヒーのほとんどはアフリカ、南米、東南アジアと南半球で豆が収穫され、それが世界各地に流通し、各地で焙煎されて私たちの口に届く。その1杯の価格は収穫や貿易などにかかわるコストを加味して決まっていくけれど、コーヒーが比較的安い値段で飲めるのは、貨幣の力関係によるところが大きい。自分が摘んでローストして淹れたコーヒーを飲みながら、「コーヒーがおいしくなった」とそれまで簡単に言っていたことの意味をあらためて噛み締めつつ、私たちがコーヒー1杯に払う金額がかつてよりも上がっていることにもまた納得するのだった。

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