ワインの世界でも、近年、オーガニック農法が広く普及しつつある。今から100年以上前に、人智学者のルドルフ・シュタイナーが提唱したビオディナミ農法、各国のオーガニック団体が定めた農法、EU基準のオーガニック農法など、その内訳は様々だ。オーガニックという概念を超えて、持続可能性(サステナビリティ)を目標に据える団体もあり、より環境に配慮したワイン造りが進んでいる。醸造家の中には、自ら考え、納得のゆくオーガニック農法だけを実践する一匹狼たちもいる。

オーガニック、そして持続可能性の方向へと進んでいる醸造家たちの中には、『ピーヴィー(PiWi)品種』と呼ばれる、カビ菌耐性品種の栽培に着手した人が多い。ウドンコ病やベト病などに罹りにくく、大幅な減農薬を可能とする新交配品種だ。

ごくわずかではあるが、古来から栽培されている『歴史的品種』に可能性を見出せないかと模索している造り手たちもいる。歴史的品種とは、かつて混植で栽培されていた品種で、1930年代以降、さまざまな理由で栽培されなくなってしまった土着品種のことだ。当時、フィロキセラ対策として、自根のブドウは接ぎ木ブドウに植え替えられ、古いブドウ畑が次々に失われていった。また、単一品種による栽培が導入されたため、以前は1つの畑に最大で40品種くらいが混植されていたが、ごく少数の品種に置き換えられてしまった。ほかにも、手間がかかる、病気にかかりやすい、量産できないなど、様々な理由で姿を消してしまった品種があり、その中には、絶滅したと思われていたものもある。

しかし歴史的品種は、厳しい気候、天災、戦禍などを乗り越え、長年にわたって生き延びてきた強固な品種であり、それぞれの地域や時代のワイン文化を今日に伝える文化遺産だ。中には、ローマ帝国時代、中世の温暖期や、続く小氷期を生き延びてきた品種もある。歴史的品種を守ることは、絶滅しつつあったブドウを救済することでもあり、その強靭さは、現在問題化している気候変動に耐えるのではないか、という希望がある。

ウルリヒのセラー

ドイツのブドウ品種学者が発見した絶滅品種

昨年11月、ファルツ地方ランダウ近郊在住のブドウ品種学者、アンドレアス・ユングを訪ねた。アンドレアスは長年、ブドウ育種を専門とするガイルヴァイラーホーフ研究所で働いていたが、その後独立し、フリーランスの学者として活動している。植物学者、民族学者でもある彼は、ブドウ品種に対し、独自のアプローチの方法を持っている。

アンドレアス・ユングさん

アンドレアスは、数日前に隣村にある自身の研究保存畑の最後のブドウの収穫を終えたばかりだった。その畑には、彼がドイツ国内の古いブドウ畑から救済した約150品種が少量づつ栽培されている。毎年、この研究畑のブドウからは、極端な早生種と晩生種を除き、白ブドウ、黒ブドウ合わせ、100種類以上の品種をブレンドしたワインが誕生している。アンドレアスにしか造れないオリジナルワインだ。

アンドレアスの研究畑のワイン

ポルトガル、ドウロ地方の固有品種、約50品種のフィールドブレンドである濃密なワインを味わったことはあったが、100品種ものブレンドは初めてだった。淡いロゼのような色調のワインは、緻密さを持ち、香り高く、味わい深く、あらゆる花を集めた花束、あらゆる果物を集めたフルーツバスケットを連想させる。

アンドレアスのキッチンには、最後に収穫したというブドウの房があった。「フエラ・クラルダというブドウだよ」そう彼が言う。

フエラ・クラルダ

初めて聞いた名前のブドウは、絶滅したと思われていた品種で、アンドレアスが古い畑で発見したものだ。別名をゼアー・シュペーター・ブルグンダーと言う。『シュペート』は「遅い」、『ゼアー・シュペート』は「非常に遅い」と言う意味で、シュペートブルグンダー(仏名ピノ・ノワール)よりも収穫期が遅いことから付けられた名前だ。収穫は10月末から11月上旬になる。

©Andreas Jung アンドレアスの研究畑の収穫

アンドレアスは、ブドウの葉や果実を見ただけで、それが既知の品種か、初めて見る品種なのかを瞬時に判断することができる。それは、研究所に勤務し始めてから、ドイツ各地の古い畑で、古い品種を調査するうちに培われた能力だ。彼が参考にしているのは、研究畑のブドウのコレクション、ブドウの葉、果実、新梢の先端を自ら撮影した数百万枚の写真、国際的な遺伝子バンクのデータ、そして写真がまだなかった時代の標本画の数々だ。絶滅種の場合は、標本画が唯一の参考資料となる。

アンドレアスのライフワークとなった『歴史的ブドウ品種』の探究は、2002年に始まった。植物検索アプリのような眼を持つ彼は、その年、同僚とハイデルベルク近郊を散策していた時に、偶然その古いブドウ畑を見つけた。畑に入っていくと、見たことのないブドウ品種がいくつもあった。彼の眼は、忘れられていた19世紀の品種が育つ、博物館のようなブドウ畑を発見したのだった。

「こんなに狭い畑で、こんなに多くの知らない品種が見つかるなんて……」

発見した小さな畑の、800本ほどあった古い自根ブドウの中に、43種類もの未知の品種が見つかった。そのことに一番驚いていたのは、アンドレアス自身だった。彼は、この地域でさらに調査を続け、約40ヶ所の古いブドウ畑で、88種類の歴史的品種を発見するのである。

その中には、自根のジンファンデルもあった。1990年代に行われた遺伝子解析により、19世紀にヨーロッパからアメリカに持ち込まれたジンファンデルが、イタリアのプリミティーヴォと同一品種であることはすでに判明していた。クロアチアやマケドニアにも同一の品種が存在することはわかっていたが、アンドレアスは、それが、ドイツでも数百年に渡って栽培されていたことを突き止め、遺伝子解析によって証明したのである。このニュースは、ジャーナリストの注目を集め、歴史的品種への関心が、にわかに高まった。

ドイツ連邦食糧・農業省も彼の発見に関心を持ち、国内には他にも同様の古い畑が残っているはずだという確信のもと、調査プロジェクトが立ち上がった。アンドレアスは、この調査をすっかり任され、研究所を離れて独立した。

アンドレアスは、2007年から2010年の間に、1950年以前に植樹された約1000ヶ所のブドウ畑に出向き、歴史的品種を探すことになった。そのうち約800ヶ所で、実際に歴史的品種が見つかり、調査が進められた。畑の多くはハイデルベルク周辺、ネッカー川沿い、フランケン地方のシュタイガーヴァルト西部、マイン川沿い、そして旧東独地域のザーレ・ウンストルート地方とブランデンブルク州に点在していた。アンドレアスは、1日10ヶ所くらいの畑を回ることもあったという。

ルドゥーテの博物画

ドイツの連邦品種局に、現在登録されているワイン用ブドウ品種は約120種類だが、アンドレアスが、18〜19世紀のブドウ品種に関する文献を分析したところ、ドイツにはかつて約800種もの品種が存在し、そのうちの約550品種が独立した品種だったことがわかった。これらの多彩な品種は、自然災害や戦争など、さまざまな理由で失われていった。見た目が似ているという理由で、他の品種と同一視されてしまった品種もあった。ナチス政権時代には、栽培品種はわずか15品種に制限されていた。

調査期間中、アンドレアスは未知の品種を352種類発見した。そのうちの243種類が歴史的品種であり、88種類が絶滅したと思われていたものだった。いずれも、個性豊かなプロフィールを持つ、かけがえのない品種ばかり。絶滅寸前のところをアンドレアスが救ったのだった。その後は、スイスのプロジェクトにも携わり、彼の歴史的ブドウ品種のコレクションは330品種に拡大した。

彼の調査結果は、ワイン界において広く共有されるべき発見だったのだが、研究内容は連邦食糧・農業省により機密扱いとされ、今日に至るまで封印されたままだ。ほとんどの研究者たちの関心が、オーガニック農法を容易にする『ピーヴィー品種』へと向いていたからである。

©Andreas Jung アンドレアス・ユング研究畑にて

歴史的品種を未来へ

しかし、歴史的品種に、熱い視線を向ける苗木業者や醸造家たちもいた。ラインヘッセン地方グンドハイムの苗木業者であり、醸造家でもあるウルリヒ・マーティンがその1人だ。

ウルリヒ・マーティンさん

アンドレアスは現在、6ヶ所に分散している自らの研究・保存畑で歴史的品種を維持しながら、依頼があれば、どこへでも赴き、古いブドウ畑を調査するという仕事を行っているが、苗木を増やしたり、ワインを造ったりはしていない。彼にとって、ウルリヒは理想的なパートナーだった。

ウルリヒは、伝統品種からピーヴィー品種に至る、あらゆる苗木を販売しているが、それに加えて、アンドレアスが発掘した数多くの「歴史的品種」の中から、グリューンフレンキッシュ、ゲルバー・クラインベルガー、フレンキッシャー・ブルグンダーなど、時代が求める特性を持つブドウ、気候変動の時代において有益と考えられるブドウ、約30品種の苗木を扱い始めた。彼は、そのうちの16品種からワインを醸造、販売している。

ウルリヒの苗木畑

ウルリヒの歴史的品種の栽培畑

ウルリヒの自宅のセラーは、使われていなかった造り付けのコンクリートタンクの壁を取り払ってリノベーションした、素敵な造りだった。そこでは、歴史的品種のワインがそれぞれオーク樽の中で熟成中だった。彼が醸すワインは、それぞれの品種の性格をくっきりと表現している。「歴史を味わってほしい」と言う彼のワインは、飲み手を過去の時代へと連れて行ってくれる。

ウルリヒ・マーティン

ウルリヒ・マーティン

例えば、グリューンフレンキッシュ。またの名をボルメオ・ヴェルドとも言い、カール大帝の時代に重宝されていた品種だ。このブドウからは、現在のリースリングに劣らない、高品質なワインが造られていた。樽との相性も良く、ウルリヒはトノーで熟成させている。ゲルバー・クラインベルガーは、絶滅したと考えられていた品種で、エレガントな白ワインができる。かつてモーゼル地方ではリースリングと共に広範囲で栽培されていたそうだ。フレンキッシャー・ブルグンダーはやや晩熟の黒ブドウで、ボトリティス・シレネアが付きにくいという理想的な性質を持つ。

ウルリヒが醸造した歴史的品種のワイン

ウルリヒが醸造した歴史的品種のワイン

ウルリヒは、アンドレアスの膨大な知識が広く知られるようにと、ポッドキャストも始めている。番組は、ウルリヒがナビゲーターとなって、アンドレアスの話に耳を傾ける形で構成されている。「アンドレアスのような学者は世界に10人といない。彼の研究は唯一無二のもの。それを後世に残しておかなければと思った」そう、ウルリヒは語る。

歴史的品種を栽培し、ワインを造り始めている醸造所は、彼らが把握しているだけで、ドイツに約40ある。モーゼル地方のドクター・ローゼン醸造所やマックス・フェルディナンド・リヒター醸造所、バーデン地方のツィアアイゼン醸造所、ラインガウ地方のシュロス・ラインハルツハウゼン醸造所、ファルツ地方のハイナー・ザウアー醸造所、ラインヘッセン地方のグッツラー醸造所やザンダー醸造所などの著名醸造所も名を連ねている。

リースリングを主要品種とするモーゼル地方のドクター・ローゼン醸造所とマックス・フェルディナンド・リヒター醸造所がともに、アンドレアスがモーゼル地方中部で発見した、絶滅種のはずだったゲルバー・クラインベルガーの栽培を開始していることが興味深い。アンドレアスによると、ゲルバー・クラインベルガーはリースリングよりも暑さに強いそうだ。

ラインヘッセン地方、ザンダー醸造所のオーナー醸造家シュテファン・ザンダーは、2018年から、アンドレアスとウルリヒの協力を得て、歴史的品種である白ブドウのグリューンフレンキッシュと、黒ブドウのフレンキッシャー・ブルグンダーをを栽培している。「この2つの品種を、今日の気候、今日の知識で栽培すれば、どんな魅力を引き出すことができるのか興味が尽きない。過去500年間にわたり、誰も味わうことがなかったワインが、再び味わえるようになる。それはマジカルな体験だ。歴史的品種は多様性をもたらす、サステナブルな取り組みだ」そう彼は語る。

ザンダー醸造所の歴史的品種のワイン

ワインの世界では近年、『地場品種』『伝統品種』への回帰現象が見られる。それは『国際品種』と呼ばれる、世界中どこでも栽培されている、カベルネ・ソーヴィニヨンやソーヴィニヨン・ブラン、シャルドネなどの人気の高い品種の栽培に逆行する動きだ。アンドレアスの広範にわたる調査以前から知られていた歴史的品種もリバイバルしている。例えば、ナポレオンも好んで味わったと伝えられる白品種、ゲルバー・オルレアン、耐寒性に優れ、16世紀にはブランデンブルクやタウバー峡谷などで栽培されていたという赤品種、タウバーシュヴァルツなどだ。

ザンダー醸造所の歴史的品種のワイン

アンドレアスが探し当てた歴史的品種のほとんどは、東方に起源を持つと考えられている。彼は、例えばグリューンフレンキッシュは、パノニア地方由来で、ローマ時代以前から、カルパチア山脈周辺のダキア人やモラヴィア人などによって栽培されていたと推測している。そのため、彼の研究範囲は、オーストリア、ハンガリー、ルーマニア、そして黒海を越え、ワイン造り8000年の歴史を誇るジョージア、6100年の歴史を誇るアルメニア、さらにはイラン北部に及んでいる。アンドレアスの見解によると、歴史的に重要な役割を果たした地域は、アナトリアとメソポタミア、つまり現在のトルコ、シリア、イラク、イラン一帯であり、推定で1000種類以上あると言うブドウ品種が未調査だという。ブドウ栽培において、重要な役割を果たした、アフガニスタン、パキスタン、かつてのバクトリアのほか、北西インドや中国北部については、ごく最近になって調査データが入手できるようになったそうだ。野生ブドウ、そして最古の栽培ブドウは、カスピ海南岸、ペルシャ北東部、ヒマラヤ北西部、そして9000年前の中国北部にそのルーツを求められると言う。

アプトホーフ醸造所のゲルバー・オルレアン

悠久の時を生き延びてきた歴史的品種の強靭さは、過酷な気候変動が問題化している現在、生き残り可能な品種としての可能性を秘めている。アンドレアスとウルリヒの仕事は、ドイツの、そして世界各国のワインの造り手たちに、より幅広く豊かな、ブドウ品種の選択肢を提供してくれている。


『歴史的品種』を紹介するサイト:HITORISCHE REBSORTEN

ポッドキャストではアンドレアスのレクチャー(ドイツ語)を聞くことができる。

アンドレアス・ユングのサイト(ドイツ語)


岩本 順子
ライター。ドイツ・ハンブルク在住。
神戸のタウン誌編集部を経て、1984年にドイツへ移住。ハンブルク大学美術史科修士課程中退。1990年代は日本のコミック雑誌編集部のドイツ支局を運営し、漫画の編集と翻訳に携わる。その後、ドイツのワイナリーとブラジルのワイン専門誌編集部で研修し、ワインの国際資格WSETディプロマを取得。著書に『おいしいワインが出来た!』(講談社)、『ドイツワイン・偉大なる造り手たちの肖像』(新宿書房)、ドイツワイン・ケナー資格試験用教本内のテキスト『ドイツワイン・ナビゲーター』などがある。
HP: www.junkoiwamoto.com