「エシカル」とファストファッション

© Yumiko Sakuma

 消費文化の中にエコというコンセプトが登場した90年代は、アパレル企業の醜い一面がクローズアップされた時代でもあった。巨大なスポーツカンパニーに成長したナイキが開発途上国で、「スウェットショップ」と呼ばれる劣悪な労働環境のもとスニーカーやアパレル商材を生産していたことに対し、大規模な抗議運動が起きた。それを牽引したのは、ナイキの大口顧客だった全米の大学に在学する学生アクティビストたち。当初は、あくまで下請け工場の労働環境は自分たちの責任ではないという態度を示していたナイキも、激しい抗議運動に屈服し、1998年からはそれら工場の労働環境をモニタリングするようになった。こうしてアパレル企業が途上国の工場の労働環境に責任を持つというスタンダードが一度は確立されかけたものの、その後、2000年代に入ってファストファッションという台風に吹き飛ばされる結果になった。

 それまで選ばれし者だけがアクセスできたハイブランドに「似た」ものを、10分の1以下の価格で手に入れることを可能にしたファストファッションは、多くの消費者に熱狂的に迎え入れられた。2015年頃まではどんどん業績を伸ばし続けたが、同時に様々な問題がクローズアップされるようにもなった。2013年4月24日、ファストファッションの本当の代償は、極端な形となって表れた。バングラデシュの首都ダッカで、たくさんの縫製工場が入ったラナ・プラザという商業ビルが倒壊し、1100人以上もの死者を出したのである。この事件によって、ファストファッションの最大の生産国のひとつである、バングラデシュの縫製工場の労働環境がにわかに注目された。

 以前にも取り上げた、2015年公開の『ザ・トゥルー・コスト 〜ファストファッション 真の代償〜』というドキュメンタリー映画(アンドリュー・モーガン監督)がある。1日3ドルにも満たない低賃金で、欧米の人たちが「安い安い」と喜ぶ衣類を作るバングラデシュの工場員、大量に革を生産する工場の周辺地域に暮らし、精神病や肉体疾患に苦しむインドの人々、遺伝子を組み換えられた綿の畑に殺虫剤を大量に散布するようになってから、急激にガンの発生率が上がっているテキサスの綿地帯……普段は見えないファストファッションの人的・環境的コストの恐ろしさを克明に映し出した。こうした汚い面が注目されるようになったこともあって、今、ようやくファストファッションの快進撃に陰りが見え始めた。さらにはこの15〜20年ほどの間、ファッション産業によって環境汚染や途上国との格差が一気に加速したことに対し、国際社会からも変革の要請が出てきた。

 今年2月1日、ニューヨークのファッション・ウィークのタイミングに合わせて、国連でSDGs(持続可能な開発目標)について学ぶ#SDGStudyHallというイベントの一環として、「サステナブル・ファッション・サミット」が行なわれた。デザイナー、工場、テキスタイル・メーカー、運動家、インフルエンサーなど約500人が招待されたこの会の開場スピーチに、国際連合経済社会理事会のロンダ・キング代表が登壇した。

「2030年のSDGs(持続可能な開発目標)達成にとってサステイナブル・ファッションは鍵のひとつです。ファッションは世界で6000万人を雇用する2.5兆ドル規模の業界で、その人員の大半は女性です。〔中略〕ファッションが経済と環境に多大な影響を与えることには、疑いがありません」

 ファッション業界が肥大化したことを示す数字がいくつかある。2000年から2014年にかけて、アパレル業界の製造高が2倍になった。それとともに製造ラインで働く人員の数は2000年の2000万人から6000〜7500万人へと3倍に増えた。その間、平均的な消費者が購入する衣類の量は60%増加し、廃棄衣料の量も倍になった。1枚の衣服の平均寿命は3年と短い。世界三大市場は大きい順に、EU、アメリカ、日本で、生産国は大きい順に中国、バングラデシュ、インド。そしてファッション業界の「好況」が途上国の工場労働者たちに恩恵をもたらしているかといえば、決してそうとは言えない。ファストファッションによって環境破壊は極端に進行している。アパレル企業には現在、生産を請け負う工場における労働者の環境整備も含めて、倫理的なスタンダードを採用することが求められているが、その背景にはこうした切迫した事情がある。

 時計の針を戻すことはできない。けれどファストファッションのおかげで、今ようやく、エシカルというコンセプトが、オプショナルの善行ではなく、必須条件になりつつある。

【Prev】第5回・古いやり方を維持するということ
【Next】第7回・素材のことを考える 1

Text by 佐久間 裕美子