2021年に香港の民主主義はいかに崩壊したのか

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 香港における民主主義の痕跡は、いまやわずかしか残されていない。

 2021年12月29日、積極的に意見を発信してきた民主派メディアが警察による強制捜索を受けた後に閉鎖を発表した。公然と批判の声をあげる、香港に残された数少ないメディアのひとつであった。12月上旬に行われた選挙では、すべての候補者に政治思想の審査を課す新たな制度により、反体制派の出馬は叶わなかった。そして、1989年に起きた天安門事件の犠牲者を追悼するモニュメントが撤去された。

 香港当局と北京の中央政府はこの1年の間、民主化運動の象徴となるほとんどすべてのものを繰り返し打ち壊してきた。活動家は国外へ脱出しているか、もしくは1年半前に導入された厳格な「香港国家安全維持法」違反の罪に問われて収監されている。労働組合やそのほかの独立系団体は解散した。

 カート・トン氏は「かつて香港で認められていた、政府の中核をなすような政策や正当性について公然と批判したり疑問を呈したりするような意味のある政策論争は、いまでは親中派同士、少数の仲間内で行われているのでしょう」と話す。同氏は香港・マカオのアメリカ総領事を務めた後、戦略コンサルティング企業「アジア・グループ」のパートナーとして働いている。

 自由の拠り所であると考えられていたイギリス統治時代が、人々の記憶から消えていく。1997年に中国に返還されて以降、香港の人々は政治システムの改変や政治的に異議を唱えることへの取り締まりに耐えてきた。2019年に長く続いた政治的対立の一因となった反政府感情は、当局によって抑制が図られた。

 12月29日に起きた、民主派ウェブメディア『立場新聞(スタンド・ニュース)』への香港警察による強制捜索は最近の一例である。現職および元編集者、4名の元経営陣などの7名が、植民地時代に制定された扇動的な行為を禁じる条例違反の疑いで逮捕された。元経営陣のなかには、著名な歌手であるデニス・ホー氏が含まれる。同日午後、立場新聞はニュース配信の停止を発表した。

 香港当局によって閉鎖に追い込まれたメディアは、立場新聞が2社目である。同じ2021年、蘋果日報(アップル・デイリー)が当局による2度の強制捜索を受けて廃刊となり、数百万ドルの資産が凍結された。

 ロンドンを拠点とし、中国との関係性を重視する民主主義国の国会議員によって構成される「対中政策に関する列国議会連盟」のコーディネーター、ルーク・デ・プルフォード氏は「香港では1年以上もの間、民主主義に対する攻撃が続いています。出版・報道の自由なくして民主主義は機能しません。香港もしくは中国の政権について公表できる重要な情報が何もなければ、そこにあった民主主義の最後の痕跡は、すでに跡形なく消し去られているのだと言わざるを得ないでしょう」と危機感をあらわにする。

 香港の活動家であるネイサン・ロー氏は「香港について、そして大きなリスクに直面している勇敢なジャーナリストについて発信」するよう、ツイッターを通して世界に呼び掛けた。国家安全法が施行された後、同氏はロンドンに脱出した。ほかのメディアまでも閉鎖に追い込まれるような「ドミノ効果」を危惧しているという。

 香港での民主化運動は、いまではほとんど継続されていない。これまでに100名を超える民主派が、国家安全法違反の罪で逮捕されている。分離独立派であるとみなされることや、香港や中国政府の転覆をはかっているとされる行為が処罰の対象となる。そのうちの47名は2021年2月、政権転覆をはかった罪に問われ、起訴された。2020年、立法議会選挙への立候補者を絞り込むための予備選挙が有志により実施され、そこへ関与したことが問題視された。

 当局は活動家らが過半数の票を獲得することで政府を無力化させ、最終的には香港政府トップのキャリー・ラム行政長官の退陣を迫る計画を企てているとし、国家転覆罪に該当すると非難した。

 2020年に予定されていた選挙は、新型コロナウイルス感染拡大防止を理由に延期された。そして2021年初め、中国政府は選挙制度改正法案を可決した。これにより直接選挙で選出される議員数が4分の1以下へと削減され、すべての候補者は中国政府への忠誠心を審査されることになった。

 その結果は予想通りである。2021年12月初めにようやく選挙が実施されると、親中派の候補者が大勝を収めた。香港の最大野党である民主党は、1997年の返還以降初めて、候補者の擁立を見送った。

 2021年は、民主派労働組合や団体の解散も相次いだ。香港最大の教員組合は政治情勢を反映して8月に解散し、続いて香港最大の独立系労働組合も解散を決めた。

 2019年の大規模抗議行動を率いた民主派団体「民間人権陣線」もまた、国家安全法違反の疑いで警察からの捜索を受け、解散を決定した。

 非合法的な抗議行動や、2020年から禁止されている天安門事件を追悼するキャンドル集会に参加したことで逮捕された民主派活動家もいる。香港の活動家の大半が抑留されているか、もしくは国外に脱出している。

 いまでは、天安門虐殺事件を追悼する作品がいくつも撤去されている。昨年12月、香港大学は彫刻モニュメント「恥の柱(Pillar of Shame)」の撤去命令をめぐり、法的リスクの可能性に言及した。この作品は、天安門事件の犠牲者が苦悶に身をよじらせ、重なり合っている様子を表現したものだ。ほかの大学も同様の措置を講じ、民主化を求める作品や天安門事件に関連する像を撤去した。

 中国共産党はこれまで長きにわたり追悼集会を禁止することで、中国本土における人々の記憶から天安門事件を消し去ろうとしてきた。都市の安定回復を名目に、香港にも同様の措置を講じることに決めたようだ。

By ZEN SOO and HUIZHONG WU Associated Press
Translated by Mana Ishizuki

Text by AP