「新メキシコ革命」なるか 次期大統領に寄せられる期待、不安

Eduardo Verdugo / AP Photo

 凶悪犯罪と汚職が蔓延するメキシコに、フレッシュな左派政権が誕生する。7月1日の総選挙で、新興左派政党「国家再生運動(MORENA)」を率いるアンドレス・マヌエル・ロペスオブラドール氏(元メキシコシティ市長)が大差で勝利。長年続いた中道右派と中道左派の2大政党による支配に終止符が打たれた。「新メキシコ革命」(ニューヨーク・タイムズ紙=NYT)だという声も上がるなか、期待と不安が入り混じった視線が次期大統領に寄せられている。

◆犯罪大国にありながら素人警備で大衆の懐へ
 メキシコには今、最悪の形で凶悪犯罪が蔓延している。昨年1年間で起きた殺人事件は過去最悪の3万1000件超で、今年は既にそれを上回るペースだ。特に麻薬密売カルテルに支配されている地方の状況は深刻で、警察や地方政府がマフィアの言いなりになっている地域も数多くあるという。暴力の波は今年の選挙戦にも及び、地方議員や知事・市長候補を中心に、この1年間で145人以上の政治家が殺害された(AP)。

                                                                                                                 

 ロペスオブラドール氏は12月1日に就任する予定だが、「政治家にとって最も危険な場所」であるメキシコだけに、果たして無事就任式を迎えられるのか、と本気で心配する声が上がっている。もっとも本人はどこ吹く風で、16日には最小限の警備で全国遊説に出発した。出発前の会見で紹介した新たな警備責任者は、なんとレストランオーナーだという一般人。20人からなる警備チームもいずれも民間人で、5人ずつが交代で群衆警備に当たるという。

「有権者の息吹を身近に感じたい」というのがロペスオブラドール氏のモットーで、それを実現するにはシークレット・サービスばりの物々しい警備体制は邪魔だというわけだ。しかし、警備の専門家たちからは、当然のことながら、「危険極まりない」「火遊び同然だ」と懸念の声の大合唱だ。ロペスオブラドール氏は過去にも女性警察官だけによる“ソフトタッチ”な警備チームをつけていたが、その責任者だった女性獣医のポリムニア・ロマーナさんですら、「非常に心配です。大衆の目を気にしすぎているのでは?」と、せめて専門の警備スタッフをつけることを進言している(AP)。

◆犯罪対策は奨学金と雇用促進
 53%という高い得票率で勝利したロペスオブラドール氏には、期待の声も大きい。長年続いた2大政党支配による汚職の蔓延、所得格差の拡大や高い失業率に不満を募らせたメキシコ国民が、新しいリーダーを選んだのは当然と言えば当然の帰結だ。アメリカのスペイン語放送局『ユニビジョン』のアンカーマン、ホルヘ・ラモス氏はNYTに寄せたオピニオンで、「特に最悪なのは、政府が人々を暴力から守れないことだ」と語る。

 現職のニエト大統領は、麻薬カルテルとの「戦争」を宣言し、力で抑える方針を進めたが、現状を見れば結果は最悪だったと見るべきだろう。ロペスオブラドール氏が掲げる犯罪対策はそれとは全く逆で、麻薬カルテルとの戦争を終結させ、社会福祉政策を充実させることだ。教育や職業訓練を十分に受けていない若者たちが、高い失業率も重なって犯罪組織に加わっている状況が凶悪犯罪の温床になっているとロペスオブラドール氏は考えている。そのため、そうした約700万人の若者を対象とした大規模な奨学金システムを作り上げる計画を公約に掲げた。

 同氏は、3年以内に凶悪犯罪を30-50%減らし、6年の任期でOECD諸国平均レベルまで犯罪率を下げるとしている。腐敗しきった警察組織の再構築も約束した。しかし、イギリスでは若年層の失業率低下と反比例して犯罪率が上がったという調査結果もあり、こうした政策に懐疑的な声を上げる識者も少なくない(『The Conversation』)。

◆新大統領一人の力では改革は難しい
 これらの政策を実行する力は、ロペスオブラドール政権には十分にありそうだ。同氏のMORENAは、国会の両院の過半数と州知事の大半を抑えており、新基軸の法案であっても通すのは難しくない状況だ。改革の土台は出来上がっており、あとはその内容と実際の運用にかかっていると言えよう。

 ちなみに、メキシコでは独裁に近い長期政権を避けるため、大統領の任期は1期6年のみで、再選は禁止となっている。ただ、今回の大勝利により、憲法改正も可能な情勢ではあると、ホルヘ・ラモス氏は指摘する。近隣のベネズエラで左派独裁政権が続き、その反米政策や経済政策の失敗により、難民が大量発生するほどの経済危機が発生している。再選禁止を解く憲法改正が注目を集めるのは、ロペスオブラドール氏が、第2のチャベス(前ベネズエラ大統領)・マドゥロ(現同大統領)になりかねないという懸念がないわけではないからだ。

 当のロペスオブラドール氏は、選挙戦で憲法改正に触れたことはない。ラモス氏がインタビューした際に、直接チャベス、マドゥロ両氏に対する見解を求めたところ、「彼らとは無関係だ」と述べるにとどまり、同時に独裁者だと批判することもなかったという。一方で、ラモス氏は、ロペスオブラドール氏一人の力ではメキシコの改革は不可能だとも見る。「ロペスオブラドール氏一人の力だけでは不十分だ。民主的な選挙だけでは足りない。何千人、何百万人の人の力が必要だ」と、国民一丸となって改革を進めなければ、“新メキシコ革命”は成就しないと訴えている。

Text by 内村 浩介

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