改憲は妥当も今は好機ではない? 優先すべき政治課題、求められる国民の覚悟…海外の視点

安倍首相

 10日に投開票された参院選で与党が大きく議席を伸ばし、改憲を支持する他の党の議席も合わせると、改憲勢力が3分の2を占める結果となった。すでに衆院では与党が3分の2の議席を確保しているため、改憲発議が事実上可能な状態になったが、海外メディアは改憲への道のりは長く、ハードルも高いと見ており、拙速を避けるべきとアドバイスしている。

◆9条はすでに時代に合わない
 改憲に関し、海外メディアがもっとも注目するのは戦力の保持、交戦権を認めない憲法9条だ。APは、テロリズム、北朝鮮の核兵器、中国の台頭などへの不安から、9条改正を支持する日本人もいる一方、この条文を戦後民主主義のシンボルとみなし、不戦の誓いにプライドを持つ人々もいると述べる。

 フィナンシャル・タイムズ紙(FT)も、9条改正については、アメリカとともに危険な冒険に乗り出すことにもなりかねないことから強い反対があるとしながらも、現実的には、日本の防衛政策はすでに憲法が許す範囲を超えていると指摘する。軍隊を持たないという規定にもかかわらず自衛隊は存在し、集団的自衛権の行使も可能となっていることから、憲法は時代遅れだと述べており、地域情勢の変化も含め新たなる現実に対処するため、憲法を変化に適応できるものにしたいという政府の考えは正当だとしている。

◆改憲は事実上可能。しかし、好機ではない
 しかし、「参院で3分の2を確保したとはいえ、改憲はありそうにない」と国際基督教大学の国際政治の専門家、スティーブン・ナギ教授は述べる。同氏は参院選での自民党の成功は、改憲への承認ではなく、安定を有権者が選択したこと、また野党に選択肢がなかったことを反映したもので、多くの有権者が出口調査で「3分の2」の重要性を認識していなかったと答えたことも、改憲問題に関心が薄かったことを示していると説明する。結局政治家にとっては、9条改正に貴重な政治的資源を費やすより、経済成長と大胆な構造改革の遂行が優先事項だと同氏は述べている。(AP)。

 FTも、安倍首相は数十年に渡って繰り返すデフレから日本を救うことに注力するほうが正しいと述べ、物議を醸す改憲には、好機を待つべきだとする。さらに、改憲には衆参両院の支持に加え、国民投票も必要で、達成には政府の負担は大きいと指摘。また、パートナーである公明党が改憲に関しては首相と考えを異にしているため、急げば政府の不安定化にも繋がると述べる。対外的にも、扱いを間違えれば地域の緊張をあおることにもなりかねず、特に中国を刺激する恐れがあるとしている。

 APは、9条以外にも、与党は2012年の改正草案において、天皇を中心とした戦前の伝統と家族の価値観を復活させるとし、憲法の「基本的人権」と国益とのバランスを取るとしており、この種の根本的な改正は、国民投票で承認を得ることは言うまでもなく、議会を通過させることも困難だろうと述べている。

 しかしながら、巷では首相は3期目を狙っているという噂もあり(党則では2期まで)、2021年秋まで任期が伸びれば、改憲を成し遂げるかもしれないという政治アナリストの見方をAPが紹介している。

◆国民主権をあきらめるな。国民は結果に責任を
 FTに寄稿した米外交問題評議会のシニアフェローで日本研究者のシェイラ・スミス氏も、拙速な憲法改正に警鐘を鳴らす。同氏は、明治憲法は日本の近代化のため国に権限を持たせ、国の目的に仕えるため、天皇制によって正当化されたものであったと指摘。これに対し現在の憲法は、戦後連合軍によって作られたものとはいえ、個人の自由や選択を守り、国民主権を支えることによって、戦前の国家の力を相殺したものだと述べ、その役割を評価している。

 同氏は、改憲が国家と国民の関係をもう一度修正するものになるのか、単に時代のニーズに合わせるために国のリーダーが言い回しを下手にいじくりまわして微調整に終わるのか、今の段階では何ともいえないと述べつつも、改憲の機会を作ってしまった有権者自身が、民主主義への移行を支えた現行憲法を変えることへの態度を決めかねているとし、懸念を示している。

 最終的には国民投票で改憲の有無は決まるため、主権者であるなら、すべての国民は結果に責任を持つべきだと同氏は主張する。そして主権者の関与が薄く議論の深まらない改憲のための改憲は、内外を問わず日本の民主主義における信用を弱めるだけだと結論づけている(FT)。

Text by 山川 真智子