豪潜水艦の受注競争:“技術を全て共有してもいい” どうしても受注したい日本の思惑とは

 オーストラリア海軍の次期潜水艦導入計画をめぐって、日本の官民連合、ドイツ、フランスの企業が受注を争っている。艦体の建造や、運用開始後のメンテナンスなどを合わせて予算総額は500億豪ドル(約4.4兆円)を超え、超大型契約となる。その最終提案をオーストラリア政府に提出する期限が11月30日に迫っている。3者のアピール合戦もクライマックスを迎えている。

◆オーストラリアでの建造が必須条件に
 契約は、オーストラリアとの潜水艦の共同開発、建造、運用開始後のメンテナンスやアップグレードを含むものとなる。日本からは、防衛省と三菱重工業、川崎重工業の官民連合が名乗りを上げている。またドイツからはティッセンクルップ・マリン・システムズ、フランスからは国策企業DCNSが名乗りを上げている。独仏2社は国際的な兵器取引の世界的重鎮であるが、日本にはその経験が全くない、とブルームバーグは指摘する。

 オーストラリア国内で最も注目されているのは、潜水艦の建造を国内で行うかどうかという点だ。アボット前首相は、当初、日本に建造を発注することを検討していたようだが、世論や与党内の声などに押され、国内での共同開発、共同生産へのシフトを余儀なくされていった。この問題がアボット氏の失脚の一因になったとの指摘もある(フィナンシャル・タイムズ紙)。

 日本は当初、オーストラリアでの建造に前向きな姿勢を示していなかったが、独仏の2社は早くからその点をアピールしていた。やがて日本も遅まきながら9月に、オーストラリアでの建造を受け入れることを正式に表明した。防衛省の石川正樹官房審議官は今月13日のブルームバーグのインタビューで、「基本的に、われわれの技術を全て共有する用意がある」と改めて強調した。「現在まで、同盟国であるアメリカに対してさえも、わが国の潜水艦技術を見せたことは一切ない」とも語っている。

◆日本の狙いには日米豪の戦略的関係の強化も
 潜水艦技術の移転に関しては、日本国内で不安視する声も多い。そこまでしてこの契約を勝ち取る理由が、金額の大きさの他にもあるのだろうか。

 ブルームバーグは「商業的利益以上のものが、これにはかかっている」と語る。安倍首相のアジア太平洋地域での積極的平和主義の観点から、この問題を捉えているようだ。受注に成功すれば、首相が、中国に対抗して、米同盟国同士であるオーストラリアと築こうとしている特別な関係を固めることになるだろう、と語っている。

 同様の見解はウォール・ストリート・ジャーナル紙(WSJ)も、日本は自国の潜水艦の売却によって、日本政府とオーストラリアの深まりつつある戦略関係が強固になるかもしれないと期待している、と伝えている。

 また日本は、世界の兵器市場でより大きなシェアを担いたいという野心を大々的に宣伝してもいる、とWSJは語る。

 オーストラリア戦略政策研究所の防衛経済学アナリストのマーク・トムソン氏は、ブルームバーグで「間違いなく日本を選ぶ決定は戦略上、明白な意味を含むものとなるだろう」と指摘した。「日本が軍事的に普通の国になる道を進む助けとなるだろうし、中国と米国の双方に、日豪が協力していく用意があることに関して明白なメッセージを送ることにもなろう」と語っている。「軍事的に普通の国になる」ということには、兵器の輸出も含まれていると思われる。

 反対に、日本が選ばれなかったら、どうなるだろうか。トムソン氏は、「もしこれが純粋な商取引の話なら、受注に失敗しても、単にがっかりするだけだろう」「しかし私の直観では、もともとこの取引は、金銭以上に戦略的な面がはるかに大きかった」「もし私が正しければ、日本を落選させれば、オーストラリアが日本との戦略的関係での接近を拒んだことになる。あるいは少なくともそのように見られることになる」と語っている。

◆オーストラリアの首相交代の影響は?
 オーストラリアでは今年9月、与党の党首選により、アボット前首相からターンブル新首相への交代劇があった。そのことは潜水艦の取引相手の選定にどのような影響を与えているだろうか。

 アボット前首相は安倍首相との密接な関係で知られていた。防衛省の石川審議官は豪当局から、首相交代は選考プロセスに影響しないだろう、と伝えられたという。

 だが、首相交代によって、国内建造を求める声はますます高まっているようだ。アボット前首相が降ろされた後、機運は急速に移り変わっており、ターンブル政権は、もし国内製造によって対価がもたらされ、価格が抑えられたままであるならば、国内建造計画を熱望している、と豪紙オーストラリアン・フィナンシャル・レビュー(AFR)は伝える。

 またAFRは、多くの業界消息通が、アボット前首相が2014年末に日本との秘密の取引に署名する寸前だったと確信している、と語る。その計画では、12隻の潜水艦が日本で建造され、メンテナンスのわずかな部分だけがオーストラリアで実施されることになっていた、としている。WSJは、日本はオーストラリアの首相交代によってえこひいきを失った、と語っている。

 オーストラリアのペイン国防相によれば、豪政府は来年前半に取引相手を決定する予定だという(WSJ)。3者ともオーストラリア国内での建造に同意しているが、必ずしも全艦が同国内で建造されるわけではない。オーストラリア政府は応募者に対し、「全艦オーストラリア国内建造」「全艦国外建造」「折衷」の3パターンのプランを提示することを求めている。そして政府は取引相手の決定後に、3年間かけて、工程と詳細を相手側と煮詰めていくそうだ(AFR)。

◆アジア太平洋諸国の国防戦略にとって潜水艦の重要性は増している
 オーストラリアのこれからの国防戦略にとって、潜水艦は非常に大きなウエイトを占めているようである。

 豪テレビ局「9 News Australia」が伝えたところによると、ペイン国防相は「わが国の将来の問題に対処するため」最新鋭潜水艦を導入する旨を語ったそうだ。「潜水艦は今日のわが国の防衛戦略の不可欠な要素であり、今世紀後半になってもそうだろう」として、潜水艦は根幹をなす戦略的軍事能力であり続けると語ったという。

 潜水艦を戦力の重要な要素と見るのは、アジア全体に広がっている傾向のようだ。ブルームバーグによると、多くのアジア太平洋諸国が、通常動力型潜水艦によって自国の潜水艦隊を近代化することを目指しており、オーストラリアもその1つだという。2030年までには、世界の潜水艦の半分以上が、アジアに存在するようになると予想されているとも。中国も、70隻前後からなる自国の潜水艦隊を近代化しつつあるという。

 WSJによると、豪政府は、小さいながらも技術面で練度の高い自国軍が中国など近隣国に対して持っているアドバンテージを、新たな潜水艦隊も保つことを望んでいるという。提案されているどの潜水艦が導入されても、オーストラリアはアジアで最強クラスの水中艦隊を得ることになる、とWSJは語っている。

Text by 田所秀徳