米テキサス、妊娠6週以降の中絶禁止 全米でも中絶制限の動き
◆テキサス州の「ハートビート法」と中絶制限法案急増のアメリカ
5月19日、テキサス州のアボット知事は妊娠中絶を制限する法案に署名した。この法案は胎児の鼓動が確認されてからの中絶と、民事訴訟の私人訴追の許可に関するものだ。胎児の鼓動が確認される時期とは早ければ妊娠6週間ごろで、この時点では女性は妊娠に気がつかないことが多い。また、本法案で禁止から除外されているケースは母体の命の危険性がある場合のみで、妊娠がレイプや近親相姦の結果であっても中絶は認められないというきわめて厳しい中絶制限となっている。アボット知事は署名にあたって、「神が生きる権利を授けてくださったにもかかわらず、何百という子供たちが毎年中絶によって生きる権利を失っている」とコメントした。現在テキサス州では、妊娠20週目以降の中絶が禁止されている。
このテキサス州の中絶制限法案には民事訴訟の私訴(private civil right of action)を許可するという内容が含まれている。つまり、もしこの法律に違反して中絶が実施された場合、公的機関が法執行措置を行うのではなく、民間人誰でもが中絶に関与したものを訴えることができるということだ。訴訟側は中絶の直接の関係者である必要もない。一方、クリニックの受付であれ、母親をクリニックに連れて行った運転手であれ、違法な中絶に「助力した、けしかけた(aided or abetted)」とされるものは皆、訴えられる可能性がある。
テキサス州議会は、近年まれにみるほど保守的な議会であった。中絶制限だけでなく、投票権、銃の保有、警察やLGBTQの権利といったさまざまな議題に関して、非常に保守的な議論がなされた。テキサス州は、歴史的に共和党派が多数を占める「レッド・ステート」だが、近年は人口構成が変化し、多様化したことで、民主党を支持する層も増えつつある。こうした状況のなかで、保守派は自分たちの立場を固持しようとしている。先日、共和党は投票制限の法案の採決を試みたが、民主党側はマイノリティの有権者登録のハードルを高めるとして反対し、結果的に期日直前に州議会を退席することで、法案を廃案にさせた。
中絶を制限する法案に関する新たな動きは、テキサス州以外でも起こっている。米国の非営利団体、プランド・ペアレントフッド(Planned Parenthood Federation of America、全米家族計画連盟)がまとめたデータによると、中絶制限に関する法案が今年、大幅に増加した。中絶制限の導入案件数は、2019年同期間の304件に対して、2021年は516件と増加した。米国では各州で制限をもうけてはいるが、中絶は全50州で合法。中絶の権利を認めた重要な最高裁判決が、1973年のロー対ウェイド(Roe v. Wade)の事例だ。この事例では、米国憲法は「プライバシーの権利」として女性が中絶を選択する自由を保障しているとの判決が出された。この判決は、米国でしばしば議論される中絶の問題に関する議論における指標的な存在だ。各州で異なる法律が存在し、保守派の州ではさまざまな制限がある。
これまでとくに制限の厳しい中絶法案を押し留めてきたロー対ウェイド判決だが、その判決自体が覆される可能性がある動きも起こっている。最高裁判所は、今年秋に15週目以降の中絶を禁止するミシシッピ州の法律に関しての審理を行うと発表した。2018年に成立したミシシッピ州の法律は、2019年の最高裁判所の判断で違憲として跳ね除けられている。しかし現在、米国の最高裁判官は6対3で保守派が圧倒的な割合を占める。トランプ大統領は3名の判事を指名した。昨年9月に亡くなったリベラル派のルース・ベイダー・ギンズバーグ(Ruth Bader Ginsburg)に代わって、保守派のエイミー・コニー・バレット (Amy Coney Barrett)が指名された。保守派が圧倒する現在の最高裁の新たな判断でロー対ウェイド判決が覆されれば、保守派の多くの州が、現在施行にまでは至っていない厳しい中絶制限の法律を施行する可能性がある。保守的な法案や判決は、果たしてどこまで米国の民意を反映したものなのだろうか。中絶問題もさらに米国を分極化させる要素となりそうだ。
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