ベイビーをジェンダーレスで育てる わが子を「ゼイビー」と呼ぶ人々

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「ピンクは女の子、青は男の子」のように、育児とジェンダーを結びつけると、子供の個性や可能性をゆがめてしまう――そんな考えを持つ親は近年、さらに増えているようだ。そんななか、乳幼児の性別を決めずに「theyby(ゼイビー)」と呼び、ジェンダーを意識しない育児を実践する人が増えているという。theybyとは、中性的な三人称「they」と「baby」を合わせた造語で、この呼称を使う親は、成長過程で子供に性別を選ばせる。カナダで生まれた赤ん坊に「unknown(性別不明)」と書かれた健康カードが世界で初めて発行された事例を機に、SNSでこの育児法が話題を呼んでいる。この子の親が、性別を規定できない「ノンバイナリー」であることから、成長後に本人に決めさせるべきだと訴えて認められたかたちだ。

◆保守・キリスト教の見地からは疑問の声が
「theyby」の取り組みは、英語圏のメディアを中心に報じられている。反応はさまざまで、保守思想や宗教的見地から否定的な向きはやはり強い。保守系週刊誌のワシントン・エグザミナー誌は、生物学的に有害な考えだと述べた。その根拠として研究結果を示しつつ、実践する夫婦を「ジェンダーを根絶する革新主義にのみ基づいている」「科学よりも家父長制への憎しみのほうが勝っている」(4月9日)とし、性自認は出生時の性と一致すると論じた。なお、著者のニコール・ラッセルは、元共和党所属のジャーナリストである。

◆「男脳」「女脳」は存在するのか?
 カナダのグローバルニュースは逆の研究結果を伝え、いわゆる「男脳」「女脳」は存在しないことや、男女の二分法で物事を考えるのは科学的に誤りだとした。ジャーナリストのMarilisa Raccoが、ジェンダーやセクシャリティ、教育に携わる複数の識者の意見を紹介したものだ。

 学者らは注意深く見解を示している。ビクトリア大学准教授で、トランスジェンダーの子供や思春期の生育に詳しいジリアン・ロバーツは、「theyby」と呼ぶ必要はないとする。だが、親は男子が人形で遊ぶことや女子が車で遊ぶことを否定せず、子供の意思を尊重すべきだとも説いた。

「theyby」に対する世間からの賛否両論の声も取り上げている。カナダではこの半年余り、国歌の一部を性的平等に配慮した歌詞に変えるなど、ジェンダー呼称に関する政策を急展開している。ただ、保守派などからの反発も根強い。多様な意見が社会で共有されており、それがこの記事にも反映されたのだろう。

◆英紙「赤ちゃんは“ゼイビー”と発音できないのでは?」
「theyby」という新奇な言葉を、慎重かつ好意的に報じたのが英ガーディアン紙だ。当該の親たちを「ヒップで新しい」とし、英語の権威であるオックスフォード英語辞典を引きながら、「baby」の語源を赤ん坊の発する擬音「ba」だとまずは紹介。赤ん坊が「ゼイビー」と発するのは時間がかかるだろう、とユーモアを交えてこの話題に触れた。そのうえで、「theyby」は性の伝統的な呼称や形容から偏見を取り除くというよりも、他人に対して偏見のない姿勢を求める取り組みだと考察した。今後の可能性を含め好意的に評価しているが、記事はジェンダー呼称に関する冗談で締めくくられており、進歩的な「米語」との距離を図りかねているようにも読める。

 このように、「theyby」の取り組みは、ジェンダーやダイバーシティの潮流のなかでも最先端にあるため、見解が分かれているようだ。だが、子供の可能性を伸ばすために意思を尊重するために衣服や遊びに気を配るという姿勢は、誰でも気軽に取り入れられるのではないだろうか。

Text by 伊藤 春奈