分析:イラン反政府デモはなぜ起きたのか? 

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 イランでは何日にもわたり抗議行動が続き、政府の不正に反対の声が挙がり公正な政治が要求されていた。

 大手政府系信用組合の経営破たんで預金を失った利用者たちが「(ヴァリーオッラー)セイフに死を」と、イラン中央銀行総裁の名前を叫びながらデモ行進を行ったのは昨年のことだった。

 今月初めに新たな抗議の輪が広がったが、その規模は、不正疑惑のあった2009年大統領選後の、暗い先行きに怒り叫ぶ若者たちが中心となった騒動以来の大きさだ。今回の抗議スローガンの標的はハサン・ロウハニ大統領と、強硬派からイスラムの神のみに仕えるとみなされている最高指導者アリ・ハメネイ師に向けられている。

                                                                                                                 

 最近の騒動は収まりつつあるものの、経済問題に対する懸念は尾を引いている。複数の町や都市での抗議行動では、聖職者による統治をなくすべきだという要求もあからさまになされた。国民は経済問題だけでなく、イランの対外戦争や国全体の方向性にも不満を感じている。

 その感情は、抗議行動への参加者以外にも広がっているようだ。しかし抗議参加者たちは不満の表明を抑えてもいる。報復を恐れて活動に参加しなかった者もいただろう。しかし、騒動が引き起こす混沌と体制の中で利得が得られるかもしれないという希望的観測もそこには関係していた。

 人々の生計に劇的な変化がなければ、経済問題をめぐる不安は募る一方であり、革命からまもなく40年が経過し、新たな指導者の時代が近づいているイランにとって最大の危機になるだろう。

◆経済的な苦境
 昨年、ねずみ講ともとられる報酬を出資者に約束していたCaspian Credit Institute(カスピ海信用組合)が経営破たんしたことで、イラン国民の多くが経済的な苦しみを味わうことになった。年金で生計を立てられなくなった退職者は混雑するテヘランの大通りでタクシー運転手となった。学生は大学を卒業しても専攻する分野では就職先にありつけず、運よく仕事が見つかっても2つ、さらには3つもアルバイトを掛け持ちしている。

 銀行はいまだに不良債権の苦しみにあえぎ、国際通貨基金(IMF)からは幾度となく警告を受けている。この問題の中には核制裁の時期から続いているものもあるが、民兵組織で国家経済の3分の1を統制下に置くといわれるイラン革命防衛隊が関わる怪しげな金融から抜けられなくなった銀行もある。

 ロウハニ政権下で当初抑制されていたインフレ率も、最近の統計をみると2桁台に戻ってしまった。強硬派でホロコーストを否認する前任者のポピュリスト大統領マフムード・アハマディネジャド氏がばらまいた補助金も一部削減した。その中には地方に住む貧しい有権者向けのものもあり、当初は食品価格の高騰がきっかけだったが、こうした人々が最近になって街中でのデモ活動に参加している。

 政府は、地方住民の怒りを鎮めるためにも食品価格への補助金か新たな給付金を支給する可能性が高いが、具体的な内容は未定である。しかし不安な情勢下でも明るい材料が1つあった。原油価格が高騰し1バレル=60ドルを超える水準に上昇したことだ。これによりOPEC加盟国が切望している交換通貨(外貨)が得られる。

◆成功を収めた戦闘
 最近の抗議行動をみると、デモ参加者の中にはイランの対外戦争を非難し、政府は国内問題を優先させるべきだと訴える人がいた。

 2003年の米軍によるイラク侵攻以来、イランは周辺のアラブ湾岸諸国に点在する米軍基地に対峙する形で中東でのプレゼンスを拡大してきた。米軍はイランを名指しして、道端での爆弾攻撃をしかける反乱分子をイラクで訓練していると非難した。さらにシーア派が率いるイラク政府に対しイランは強い影響力を持っている。

 シリアでの内戦に加えてイスラム国(IS)の台頭はイラン側にとっての脅威となり、革命防衛隊のエリート部隊「クッズフォース」をイラクとシリアに派遣して対抗した。

 イラクにおいては、イランの助言もありシーア派の軍隊をISの過激派に対抗できる強力な地上部隊に作り上げた。

 イランが紛争に全面介入するまで、シリアのアサド大統領は敗色濃厚だった。アフガニスタンやパキスタン出身の外国兵に加えレバノンにてイランが支援するゲリラ組織「ヒズボラ」を率いるクッズ部隊の援助を得てアサド政権は持ちこたえることができた。

 イランはイエメンでシーア派の反乱組織に弾道ミサイル技術を提供していると米国その他の先進国が非難している。

 抗議参加者たちは、こうした資金がイラン国民の救済ではなく外国組織の支援に向かっていると声を荒げた。

 しかしイラン政府は、外国での戦果を支援引き出しの材料として活用した。革命防衛隊のガーセム・ソレイマーニー司令官は、一部の人々にとってのヒーロー的存在にまで登り詰めた。テヘランを標的としたIS集団による6月の攻撃(イラン首都でのテロ攻撃は珍しい)も、政府が大衆からの支援を得るきっかけとなった。1979年のイスラム革命直後に続いた砲撃と不穏の時代への逆行が懸念されたのだ。イラン国民は、この地域における戦後の余波でシーア派が支配する政権を利するとみている。

◆新しい時代の予感
 革命40周年が近付くにつれ、イランでは2014年に前立腺手術を受けた最高指導者ハメネイ師(78)の後継への関心が日に日に高まっている。候補としてあがっている人物として、自身も聖職者であるロウハニがいる。米国のほかイラン問題を研究しているアナリストによると、当初はロウハニ大統領に圧力をかけるためにデモを煽った強硬派は、早々に大衆の動きを制御できなくなったという。

 イランの法律ではロウハニ大統領の3選は認められていない。2021年に行われる大統領選の候補者はまだ見通せない。強硬派は当初、ロウハニの政策は頓挫したとして選挙の前倒しを求めたこともあったが、今となっては音沙汰なしだ。

 最近では経済問題に対する怒りが蔓延し、アハマディネジャド前大統領のような強硬派的ポピュリストの登場を望む声もある。ただしそれが実現するのはイラン聖職者の指導者がこうした候補者を認める場合に限られる。

 ロウハニか、強硬派の対立候補か。抗議運動後に優位な立場になったのはどちらかを断定するのは難しい。

 双方ともに、ライバルに対抗するために経済問題を巧妙に利用しようとした。ロウハニ大統領は抗議運動が起こる数週間前、政府予算の大半が強硬派の権力基盤とみられている宗教団体に向かっていると公に発言することで、経済問題に対する非難の目をそらそうとした。強硬派の方も、当初はロウハニ政権を困窮させる目的で抗議運動を利用したというのは衆目の一致するところだ。ただし結果的にデモ活動は支配体制全般に対する抗議となってしまった。

◆抗議は沈静化、怒りは継続
 デモ参加者たちが運動を呼び掛け、活動模様の画像をシェアするのに活用していたメッセージアプリ「テレグラム」へのアクセスをイラン当局が遮断したこともあり、抗議運動はどうにか鎮静化することができた。革命防衛隊傘下の民兵部隊バスィージが投入されたほか、警察による逮捕者も多数にのぼった。20人以上の活動参加者が死亡したが、治安部隊は2009年の抗議行動後にみられたほどの惨劇には関与しなかった。

 米国のトランプ大統領とイスラエルのネタニヤフ首相はともに抗議行動を支援すると表明したものの、特段の援助はしていないようだ。抗議参加者たちにとっての当座の頼りは、外国にいてイランの現体制の終焉を望む人々だった。

 しかし今のところ、そのような状況には至っていない。予測が不能で潜在的に激震をもたらすことが明らかになった経済的な苦境後の状況にイランの統治システムが対処しなくてはならないという未来に直面しているのが現状だ。

By JON GAMBRELL, Dubai (AP)
Translated by Conyac

Text by AP

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