ラーメン「一蘭」NY店、現地の反応は上々! 「味集中カウンター」には驚きの解釈も

「とんこつラーメン」で人気の「一蘭」の全米1号店が、10月にニューヨークでオープンした。味の評判は上々のようだが、それ以上に話題となっているのが、左右が板で仕切られ、おひとり様状態で食べられる「味集中カウンター」だ。まわりを気にせずにラーメンを食べられるという同店独自のコンセプトだが、その理解に関しては日米で感覚の違いが見られる。

◆1杯2000円でも行列
ニューヨーク店は、倉庫や町工場が集まる地区から変貌を遂げ、いまやスタイリッシュな街として注目される、ブルックリンのブッシュウィックにある。ラーメン1杯18.9ドル(約2000円)という値段にもかかわらず、連日行列の盛況ぶりだと米メディアが伝えている。

味については総じて評判がいい。ニューヨーク・ポスト紙(NYP)でレストランレビューを書くスティーブ・クオッツォ氏は、味の濃さや麺の固さ、トッピングが簡単に選べる点を高く評価。また、満足感が得られるとんこつスープとオリジナルの「赤いたれ」が素晴らしいとしている。ウェブ誌『Saveur』の食旅コラムニストのジェイミー・フェルドマー氏も、メニューはほぼ日本のものと同じで、味も東京で食べたものと同じか、それ以上だと述べている。

◆「味集中カウンター」に新解釈?
「一蘭」の特色である「味集中カウンター」は、ニューヨーク店でも採用されている。同社のホームページによれば、「本物の美味しさを見極める時には、味覚だけに集中する」という考えから生まれたコンセプトだが、実際のところ日本では、客が他の客や従業員と顔を合わせることなくラーメンを堪能できるシステムとして、わずらわしさを嫌う人や、一人では入りづらいと考える女性客などから支持されている。日本人からすれば、ドライながらも至って日本的なシステムと理解できてしまうのだが、アメリカ人はなぜかこれを日本文化論につなげてしまうようだ。

フェルドマー氏は、日本においては、社会的に許容できる方法でふるまうことが大切で、それ以外の行いをすれば面目を失い恥につながると述べる。よって、仕切りに囲まれたカウンターで、他人の目を気にすることなくふるまうことで、一蘭の客は現代生活のプレッシャーから一時的に逃れられるのだと述べている(Saveur)。日本人がそこまで精神的に追い詰められているとは思えないのだが、外国人の目にはそう映るのだろうか。

ウェブ誌『クオーツ』は、「味集中カウンター」における他との「低接触」を、ミニマリスト的禅のアプローチととらえており、ネット社会で過剰につながってしまった世界を静かに反省するまれな機会を、ひたすらラーメンをすするための「味集中カウンター」で提供したのが、一蘭の成功理由ではないかと見ている。同誌は、アメリカの成人は1日平均10.5時間以上もスクリーンを見て過ごし、オンライン中の20%はソーシャルメディアで直接的もしくは間接的にだれかと交流していると述べる。だからこそ人々が、1日のうち1つのことだけに費やす機会を食事に求めることも理解できるとしている。

◆日米の違いは要調整
一方、クオッツォ氏は、ニューヨーク店には「瞑想的」で静かに麺をすするだけの環境はないと断じる。同氏が来店したときには、店内には赤ちゃんの泣き声、イスを引きずる音、日本の音楽やラジオのトークショーの音が同時に入り乱れるなか、キッチンスタッフの威勢のいい「いらっしゃいませ」の声まで聞こえたという(NYP)。

フェルドマー氏も、ニューヨーク店では店員がカウンター席まで案内してくれたし、ドア付近にはレジ係もおり、竹のすだれ越しにラーメンを出してくれる店員も、顔を出して話しかけて来たと述べ、日本の「一蘭」との違いを指摘する。同氏は「低接触」こそが「一蘭」の特色だが、アメリカの客に対応するため、「中接触」に調整する必要があるのだろうと述べている(Saveur)。

客の滞在時間に関しても、日本は平均20分だが、ニューヨーク店では1時間座っている客もいるとのこと(NYP)。長すぎると喝を入れたくもなるが、ラーメンはファストフードという感覚がない人も多いのかもしれない。海外でのラーメン人気は高まっており、それ自体は喜ばしいことだが、日本のラーメン文化の普及にはかなりの時間を要しそうだ。

Text by 山川 真智子